「君はたしかに、若くて色男で、繊細で、ライオンみたいに誇り高くって、若い娘のように優しい。悪魔からしてみると、なんともおいしそうな御馳走だ。おれは若者のそんなところが大好きだ。ただ、あと高等政治の考察を二、三学んでほしい。そうなりゃ、世の中をありのままに見ることができるようになる」
バルザックの小説『ペール・ゴリオ』にはヴォートランという悪党が登場する。この男は、社交界でのし上がることを夢見る青年を唆そそのかし、資産を持つ娘を誘惑させる。そのときの台詞がこれである。
誰にでも自尊心はある。これを踏みにじれば、明智光秀を侮辱したことで悲劇的な最期を遂げた織田信長のように、手ひどい報復を受けるだろう。逆に自尊心をうまくくすぐれば、相手をコントロールすることもできるのだ。
もう一つテクニックがある。中国の商人がよく使う手だが、モノを売るときに最初は法外に高い値段をつけておいて、それでは買えないと言われたら徐々に言い値を下げていく。客のほうは、得をしたような気持ちで買わされるのだ。
不倫相手がなかなか会ってくれなくて、じりじりしている女性がいるとしよう。ヴォートラン並みの悪女なら「明日までに会ってくれなければ、お宅へうかがって奥さんと話をさせてもらいます」と相手を脅すだろう。そして結局は「来週会って話しましょう」と譲歩する。
男は安堵して「来週会おう」と答えるはずである。
(構成=面澤淳市)