子育て支援というキーワードは、「保育園落ちた日本死ね!!!」ブログとその後の国会質疑をきっかけにここしばらく注目を集めている。子育て支援が重要で、経済にも資することは、第2次安倍政権以来ほぼすべての政党が合意している。歴史的に見て労働力の拡大は経済成長に有効であり、女性が高付加価値労働に参入することでもたらされる経済効果は絶大だ。そのためにも子育て支援を拡充する必要が言われている。ところが、現実の政策となると歩みはのろく、財政難だから仕方がない、といった声が聞かれる。
本書はそうした現状を念頭に、第1章の記述を財政難問題から始めている。財政の健全化には生産性を高めることや失業率を下げることが有効だが、著者の統計分析では、女性の労働参加、保育サービスの充実、労働時間の短縮、起業支援、高等教育支援、個人税の累進性強化、失業給付、高齢化の抑制により、1年後には短期的な生産性の向上が見られるようになるという。
といっても、本書の主眼はそうした「1年後の政策インパクト」を説くことではない。むしろ長期にわたって生産性向上に貢献するであろう、次のような改革を提示することだ。すなわち、男女を問わず労働時間を短くし、保育サービスを充実させ、女性が高付加価値労働に従事できる環境を整備すること。また、教育によって人に投資し、人材や資金の流動性を高める政策が有効であることを政府や社会に納得させること。そして、福祉に関心を持つ人が、そうした論理で人々を説得できる全体観を持てるようになることである。そうなってはじめて、本書が提唱する「小規模ミックス財源」のように、子育て支援の予算が必要な支出として捻出されるようになるのである。
思うに、社会保障政策と経済政策とを隔てる最大の違いは、目標の置き方にある。社会保障政策は最低限度の生活を国民に保障するものだが、乱暴に言えば、いま行われていることは、すでにあるシステムを運営し破綻を回避するための微調整にすぎない。だから、政策を論じるときにまず出てくるのは「財源」や「持続可能性」であり、結果、現状維持寄りの政策に落ち着くのがならわしだ。
他方、経済政策において最初に語られるのは「成長」「保護」「分配」「実感」などであり、政策のメニューには次世代産業に対する後押し政策が並んでいる。社会保障政策においても、こうした明確な目標設定が必要ではないかというのが著者の立場だ。
実は富国強兵の時代から戦後復興期にかけ、日本の社会保障政策にも明確な国家目標が存在した。いままた、目標を必要とする時代がやってきたのだ。政治家がこの認識を持てないかぎり、「死ね」と言われた日本に未来はない。