司馬遼太郎氏の長編『坂の上の雲』の書き出し「まことに小さな国が、開花期をむかえようとしている」をもじった、「まことに小さな国が、衰退期をむかえようとしている」という印象的な一文から本書『下り坂をそろそろと下る』は始まる。
著者はさらにこう続ける。
「私たちはおそらく、いま、先を急ぐのではなく、ここに踏みとどまって、三つの種類の寂しさを、がっきと受け止め、受け入れなければならないのだと私は思っています」
「一つは、日本は、もはや工業立国ではないということ。
もう一つは、もはや、この国は、成長はせず、長い後退戦を戦っていかなければならないのだということ。
そして最後の一つは、日本という国は、もはやアジア唯一の先進国ではないということ」
日本経済の衰退が避けられないのなら、それとどう折り合いをつけるべきか。そして、どのようにして長い後退戦を戦い抜いていけばいいのか。本書は、日本各地での具体的な取り組みを紹介しながら、誇り高く、かつハッピーで時にワクワクするような「下り坂の下り方」を提示したユニークな国富論である。
どうすれば後退戦を戦い抜けるのか。その具体的な戦略・戦術についてはぜひ本書をお読みいただきたいが、興味深いのは、「文化」や「アート」がそこでは重要なキーワードになるという指摘だ。
例えば、ここ数年、海外からの観光客を毎年ほぼ倍増させてきた城崎温泉(兵庫県豊岡市)の世界的なブランド力の背景には、アートの分野でのユニークな取り組みがあったという。1000人を収容できる巨大なコンベンションホールを、6つのスタジオや宿泊施設を備えた国内最大級の滞在型アートセンターに衣替えし、国内外の劇団などに無償で利用してもらうようにしたのだ。
城崎は今や世界的なアーティストが長期滞在する町となり、世界中の演劇人やダンサーたちの憧れの地になりつつあるという。
また、本土からの橋もなく空港もない「日本最大級の離島」でありながら、ここ数年、年間100人以上のIターン者を受け入れている小豆島(香川県小豆郡)でも、人を呼び寄せる吸引力の一つはアートだった。3年に1回開催される「瀬戸内国際芸術祭」をきっかけに島を訪れ、その自然や風土に魅せられて移住したり、1年のうちの一定期間を小豆島で暮らしたりするようになった人たちが増えているのだという。
さらに著者は、集団芸術である演劇の制作に参加することで他者との対話力や表現力を学ぶ、アクティブラーニングの効用も説く。
アート国家日本――魅力的な「下り坂の下り方」ではないか。