新たな市場で商品づくりに迫られる

広島県安芸郡熊野町は江戸時代後期から筆の製造が盛んで、国産筆の約8割はここで生産されている。1974年にこの地で設立された(株)白鳳堂(高本和男代表)は、高級化粧筆の製造を中核事業とし、2014年の売り上げ実績は24億7000万円、社員数250人(正社員130人、パート他120人)を誇る。

白鳳堂が生産する化粧筆。

製造する筆は1日あたり約2万本で、その内の95%は化粧筆だ。生産量の9割以上が国内外の化粧品メーカー向けOEMで、残りが自社ブランドによる展開だ。自社ブランド製品は例えば灰リスの毛を使用したフィニシングブラシが1万1800円と高額だが、高品質な化粧筆として数多くのファンに支持されている。

熊野町にある筆の業界は、伝統工芸筆や書道筆、化粧品に添付される量産品の化粧筆などを製造しており、卸売業からの注文で製造する典型的な下請け型ビジネスだった。

下請けは受注にばらつきがあり、注文のありなしで生産量の差が大きく、収入は安定しない。また卸に販路を依存しているため商品の値下げ圧力が強く、業界の価格競争も激しい上に、書道筆の需要は毎年縮小していた。

こうした状況に創業者の高本氏は危機感を抱き、実家から独立して設立したのが現在の白鳳堂だ。旧来の卸に依存した下請けビジネスに見切りをつけ、同社は試作品を携えて化粧品会社と直接取引する営業を開始する。しかし業界の慣習と流通構造の壁は厚く、取引先の開拓はできずにいた。

また自社ブランドの化粧筆を手掛けるが知名度がなく、すぐに成果は出せなかった。

日本人メイクアップアーティストがニューヨークで活躍していることを雑誌の記事で知り、面識がないもののその人に会うために高本氏はニューヨークに向かった。

そのメイクアップアーティストは白鳳堂の化粧筆を高く評価し、カナダにできたM社という新しい化粧品会社なら同社の化粧筆を必要とする可能性があると助言してくれた。(M社は1985年にカナダのトロントで創業し、プロ向けの化粧品ブランドとして認められてから、一般生活者にも愛用者が広がった。現在、同社はアメリカの大手化粧品会社の傘下にある)

伝もないまま当時トロントにあったM社に出向いて交渉すると、持参した30種類のサンプルの内の13商品について、卸を通さずOEM供給する契約を1995年に取りつけた。創業からここまでたどり着くのに、実に20年が経過していた。