ハード面だけではありません。当時、人気のあった講師は自分の名前をつけた冠講座を担当し、テキストもオリジナルでした。そこには当然、誤植などのミスがつきものですが、代ゼミには実力派の事務職員がいて完璧な校正をし、間違いが一つもなかったのです。しかも、スタートする2週間前にはテキストが配布できた。別のある予備校では、講習日に間に合わなかったり、初級編と上級編の表紙が逆になるなどのミスが頻発していたと聞きます。

私の定員500人のクラスは、受付開始から2時間であっという間に満杯です。徹夜で並ぶ生徒もいて、焚き火をしたり「トイレ貸してくれ」だので、近所から苦情がきたほどだったのです。

なぜ、それほど人気があったのかとよく聞かれます。それは、次のような根本的な考え方にあります。

予備校は、車でいえばスペアタイヤです。使わないに越したことはない。両親が余計なお金を使い、生徒は余計な時間を使っているのだから、今までわからなかったことを十分に理解して帰っていただく。これは当然のことです。私は予備校の講師を、それまでの上から目線のものではなく、生徒の目線に立ったサービス業と捉えたのです。

もう一つ。私は中1から英語ができなくて落ちこぼれでした。ですから、勉強ができない子がなぜできないか、どこで躓いているのか、ということが手に取るようにわかるんです。だから、英文法は文法用語を使わない解説をしました。

もっと凄いことも言いました。

「君たち、大学に行くのなら英語ができたほうが有利だけど、できなきゃ、英語ができる奴を使えばいい。君たち、女にモテたいだろ。偏差値が低くても身長が低くても、デブでも、金さえあれば女は寄ってくるんだ。金はどうしたらできるか。勉強ができたほうがいい。だったら、やってみろ」

そう言い切りました(笑)。受験を控え不安な気持ちでいっぱいな受験生の気持ちを、これで鷲づかみしましたね。下品な言い方かもしれませんが、私は当時、それなりに年収があったので(推定2億円)、リアリティーがあったと思いますよ。それと、実際に受験で成功させていた実績が大きかった。英語の偏差値34の生徒を、慶応大学へ入学させるなどよくありました。