熱帯夜と純毛製の黒ズボン
5点の衣類のうち、とりわけ黒ズボンに私は疑問を感じた。
犯行のあった夜は熱帯夜で、とても蒸し暑かった。ところが、この黒ズボンは、純毛製なのである。その下にステテコまではいている。上も、シャツを着て、さらにスポーツシャツと、熱帯夜という条件をほとんど無視した服装なのである。
さらに、警察官は袴田さんの実家を家宅捜索するのだが、袴田さんの母親が、
「私は目が悪いので眼鏡を」
と、準備するのを制して、すぐさま、
「これは何だ」
黒色ズボンのとも布(端切れ)を発見したというのである。押収して調べた結果、生地繊維は同一と認定された。
それはとりもなおさず、黒ズボンの工作を警察が画策した証拠であり、捏造の証明にほかならない。
静岡地裁は、45通提出された供述調書のうち、1通しか証拠として採用しなかった。が、なぜかそれでも袴田さんは有罪となった。
「証拠の証明力は、裁判官の自由な判断に委ねる」(刑事訴訟法第318条)
自由心証主義の重い扉がそこに立ちはだかる――。