「刑事に好かれる記者はそういない」

『袴田事件』山本徹美著(プレジデント社)

殺人事件の取材ばかり続けて1年ほど経過した頃、先輩から、

「キミは変わってるよ。刑事に好かれる記者なんて、そうはいない」

と指摘されたことがある。10歳年長の先輩たちは全共闘世代で、警察・刑事のことを「官憲」と呼び、敵視するところがあった。私が大学に入った頃、学生運動はすでに下火で、ロックアウトが1、2回あった程度。ヘルメットに手ぬぐいマスク、竹槍かかげて行進する一部の先輩たちを、冷めた眼で眺めていた。「3無世代」と呼ばれるゆえんである。そんな体たらくだから、警察、刑事に対して、敵対意識もなければ、よけいな先入観はもちあわせていない。むしろ、親近感があったのかもしれない。それには理由がある。

出版社系の記者はほとんどがフリーで、私も同様であった。新聞記者のように正社員で、「社会正義の木鐸」として、報道に携わって、という立場とは異なる。事件取材に行くと、なんか胡散臭そうなのが、どうせ適当に話を聞いて、面白おかしく読ませようとしているのだろう、協力するいわれはない、と拒否されたものだ。岩川隆さんも、さんざん似たような経験を重ねておられたそうで、

「信用してもらえるまで誠意を尽くすのみ。あとは、述べて作らず。書いたもので納得していただくしかない」

殺人事件の当事者(被害者家族、加害者家族)にしてみれば、思い出すのも苦痛で、話したくないのは当然であろう。とはいえ、こちらとしては、知りたい事実がある。そこに到達するために、世間話や無駄話などで相手の反応を観察しつつ、がまん強く、粘りに粘って、少しずつ引き出してゆく。そうした取材の手法は、正体を隠して隠密潜入、聞き込みをする捜査官、私服刑事の「面接技術」(警察用語)と似ていなくもない。

その頃私はよく刑事とまちがえられた。それで、警察署や刑事捜査官を取材に行くと、

「たぶん同じニオイを感じて、好感をもって迎えてくれるんじゃないか」

などと、岩川さんにひやかされた。

警察官には守秘義務がある。

「職員は、職務上知り得た秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後も、同様とする」(地方公務員法第34条)

担当した事件についての秘密を語ったりすると罰せられてしまうのだ。が、そこは刑事も人の子である。何回も通ううち、しょうがないな、とこっそり核心部分を教えてもらえた例が少なくなかった。