レポート 企業や地域が知っておきたい若者世代との向き合い方
「こども家庭庁における“こども”とは『心身の発達の過程にある者』、年齢や学年は関係ありません。これまでも各省庁がさまざまな関連施策を推進してきましたが、複合的な課題やはざまのニーズに対してはどうしても抜け漏れが生じてしまうことがありました。そこで、こども政策を一元的に推進する司令塔として設立されたのが私たちこども家庭庁です」
こども家庭庁の安里賀奈子さんはそう説明する。そして、活動の基本にあるのが“こどもまんなか”の視点だという。
「こどもは単に守るべき対象ではなく、人格を持った個人であり、権利主体です。彼ら、彼女らが健全に成長できる環境をつくるには当事者の考えを聞くことが欠かせません。そして採用すべきものは採用し、施策に生かす。“こどもまんなか”にはそうした思いが込められています」
企業や地域にもたらされる価値や効果とは――
例えば今、こども・若者の居場所や体験の場がだんだんと失われている。
こども家庭庁
成育局 成育環境課長
こどもまんなかアクション推進室長
「それが孤独や孤立の問題の一因にもなっています。こどもの成長には安全で安心して過ごせる場が必要で、居場所の数が多いこどもほど自己肯定感が高いという研究もあります。そこで、企業や地域と連携しながら、多様なニーズ、年代に応じた居場所づくりを進めています」
重要なのは、まさに取り組みの中で若者のリアルな意見が聞かれ、それが国の指針などにも生かされている点だ。自身の考えが認められたこどもたちは、きっと将来、周囲の声に耳を傾け、それを受け止められる大人になるに違いない。
「そうした好循環が生まれることを私たちとしても期待しています。こども政策は、ただ『こどものため』のものではなく、『社会や未来のため』のものでもあります。取り組みを実施している企業や地域からも『こどもと一緒に課題と向き合うと自然と未来志向になる』『多世代が交流するいいきっかけ』といった反応が多く寄せられています」
加えて見逃せないのは、企業にとって活動の実績がブランディングにもなることだ。持続可能な社会の実現にいかに貢献しているかは、今や企業を評価する基準の一つ。すでに新卒採用への応募が大幅に増加した企業も出てきているという。
「地域社会も地道に取り組みを重ねることで地元への愛着や誇りを育めるはずです。今後も、個人や企業、自治体などが自ら情報発信できる『こどもまんなかアクション』などを通じて活動を“見える化”し、その価値や意義をより多くの人に伝えていきたい」と安里さんは言う。
広がりを見せる“こどもまんなか”の取り組み。それは子育て世代以外にも大きな意味を持つものといえそうだ。

こどもまんなかアクションを実行し、SNSで「#こどもまんなかやってみた」を付けて発信すれば、個人、団体・企業、自治体など、誰もが「こどもまんなか応援サポーター」になれる。上のマークも情報発信の際などに使用可能だ。
【実践事例】“限定的”になったこどもの世界を広げたい
●ジュニアビレッジ(運営 グローカルデザインスクール株式会社)代表取締役 大竹千広さん
小中学生が主役となって「農業をテーマにした会社経営」を行うジュニアビレッジ。こどもたちの「自分らしく生きる力」を養うことが活動の目的です。食や農業は誰にとっても身近でありながら、自然環境、社会、経済と深く関係しており、人生100年時代に求められる課題解決力やキャリアデザイン力を身に付けるのに絶好の機会を提供してくれます。
今、こどもたちが抱えている課題に「世界が限定的であること」があります。行動範囲も、関わる人も限られており、学力検査では測れない非認知能力を評価される機会も非常に少ない。そうした中、ジュニアビレッジでは自然を相手にして、学校でできない試行錯誤を重ねてほしいと思っています。
活動を支える大人たちは、決して参加者を「こども扱い」しません。一人一人は地域課題を共に解決する仲間です。実際、作物の栽培やそれを使った商品の開発を行うこどもたちを見ていると、効率性や経済性を優先しがちな大人たちにはないアイデアがたくさん出てきます。
今、日本の多くの企業や地域がステークホルダー、住民たちと協働し、新たな価値を創造することを目指しています。まさにその中で、こどもたちの柔軟な発想は大きな役割を果たすに違いありません。また、こどもをまんなかに置くことで、関係者が同じ方向を向き、気持ちがまとまりやすいのもメリットです。
ジュニアビレッジの一つの使命は、そうしたこどもの視点を取り入れた地域づくり、未来づくりの価値を伝えていくこと。いっそう活動を充実させ、より広く情報を発信していければと思います。
【こどもの声】ジュニアビレッジの参加者より
●森田穂希さん(中学2年)
地元で栽培した原材料を使って、ハーブティーを開発しました。10人ほどのメンバーとスケジュールどおりに物事を決めていくのは大変だったけど、貴重な経験。また、いろいろな大人と触れ合うことで、将来を考えるときの視野も広がりました。
【実践事例】社会と自分を知り、未来に踏み出せるよう
●特定非営利活動法人キリンこども応援団 代表理事 水取博隆さん
こどもたちが自分の未来に踏み出せる居場所をつくる。これが、こども食堂やフリースクールを運営するキリンこども応援団の理念です。なぜなら、多くのこどもは知らない間に自身の将来に天井を設けてしまっているからです。生まれ育った環境や経済的な事情で体験機会が限られてしまうこどもが多くいます。結果、成功や失敗の経験も少なく、進路や就職先をイメージできないのです。
そこで私たちは、“体験格差”の解消を大事なテーマにしています。こどもたちの“やってみたい”に寄り添い、さまざまな挑戦の場をつくっており、今年2月に本格スタートする民泊事業もその一つです。フリースクールに通う高校生が主体となり、コンセプトやターゲット、採算を考え、事業を運営していく。それはまさに貴重な体験、学びになります。
もう一つ、取り組みの中でこどもが多くの大人と関わることも重要な意味を持つと考えています。それによって多様な働き方や価値観を知ることができ、自分の可能性に気付くことができるからです。
一方で、地元の人たちと協力しながらこどもたちが頑張る姿は地域の活性化にも好影響をもたらすはず。人口減少社会の中で地域振興は大きな課題です。国、自治体、企業、NPOなどがそれぞれの強みを生かし、補完し合いながら地域を盛り上げていくことが求められます。キリンこども応援団としてもその一端を担いながら、そうした動きをリードする人材を送り出していきたいと思います。
【こどもの声】フリースクールの生徒より
●川上翔大さん(高校1年)
人前が苦手でしたが、仲間と民泊のコンセプトを議論したり、大人相手にプレゼンしたりすることで、ずいぶん人と話せるように。それが僕には大きな財産です。
●細尾 昴さん(高校1年)
絵を描くのが好きで、民泊施設のロゴ制作を担当しました。フリースクールでは、親以外の人に自分の絵を評価してもらえる。おかげで将来の夢も見えてきました。