イノベーションが社会にもたらす恩恵は計り知れない。病気を治療するための新しい薬や、新たなコミュニケーションと情報共有の方法、環境にやさしい新たな輸送・交通手段などがそうだ。これらの恩恵は、地球上のほぼすべての消費者が手にできる。一方、イノベーションは新たに良質な雇用を生み出すという面でもきわめて大きな恩恵をもたらすが、こちらの恩恵は世界のごく一部の土地に極端に集中している。

イノベーション産業の成長は、どうしても勝者と敗者の間に富の偏在を生んでしまう。本書では、アメリカの労働市場でなにが起きているかを見ていくが、それを通じて、この先数十年の間に、世界の多くの国の労働市場がどう変わるかも見えてくるだろう。今日のアメリカの経済地図を見ると、3つのアメリカが存在していることが見て取れる。高度な技能をもった働き手が集まっていて、イノベーションが力強く推し進められている都市は、急速な成長を遂げている。そこには新しい良質な雇用が生み出され、それに引きつけられて優秀な働き手がますます集まってくる。それと対照的なのは、旧来型の製造業が君臨していた都市だ。

このような都市は長期にわたって凋落し続けており、雇用と人的資本の流出が起きている。そして両者の中間には、以上のどちらのタイプに変貌していくかまだ見えてこない都市がたくさんある。この3つのアメリカを隔てる距離はますます広がっている。こうした経済的格差の拡大は数十年前に始まり、そのペースは加速してきた。最初、この「大分岐」とでも呼ぶべき現象は経済の分野だけにとどまっていたが、年を追うごとに、文化的アイデンティティや政治的価値観の差異も拡大しはじめている。

以下で見ていくように、こうした潮流は偶然の産物ではない。それは、イノベーションに基盤を置く経済の基本的性格から生まれる必然の結果だ。従来型産業を中心とする経済と異なり、知識経済ではどうしても繁栄が一部に集中しやすい。この新しい経済は先手必勝の性格が強く、都市がどのような未来を迎えるかは、それまでの歩みによって決まる面が大きい。繁栄している都市はますます繁栄していく。イノベーションに熱心な企業は、イノベーションに熱心な都市を拠点に選ぶ傾向があるからだ。イノベーション分野の良質な雇用を創出し、高度な技能をもった人材を引き寄せた都市は、そういう雇用と人材をさらに呼び込めるが、それができない都市はますます地盤沈下が進むことになる。

こうした傾向は、アメリカほどではないにせよ、日本や多くのヨーロッパ諸国、カナダでも見られる。将来は、最近になって工業化を遂げたアジアの国でも同様のことが起きるだろう。高度な技能の持ち主が大勢集まっている都市が豊かなのは、大学卒業者が多く、そういう人たちが高い給料を受け取っていることだけが理由ではない。そういう理由であれば、興味深い話ではあるが、別に意外ではないだろう。

しかし実際には、もっと大きなメカニズムが作用している。ある人がどの程度の教育を受けているかは、その人自身が得る給料の額だけでなく、その人の暮らす地域全体にも影響を及ぼすのである。ある土地に大学卒業者が多くなれば、その土地の経済のあり方が根本から変わり、住民が就くことができる職の種類と、全業種の労働者の生産性に好影響が及ぶ。最終的に、そういう土地では、高度な技能をもっている働き手だけでなく、技能が乏しい働き手の給料も上がっていくのだ。

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