あなたの年収は、学歴よりも住所で決まっている、と言われたらにわかに信じられるでしょうか? 先進国と途上国の給与格差の話ではありません。同じ国内です。アメリカでは、雇用の集中する都市と雇用が流出する都市の給与水準の格差が拡大し、ついに学歴の差を上回るインパクトを個人の給与水準に与えるに至りました。成長する都市の高卒者と衰退する都市の大卒者の年収が逆転しているのです。
 カリフォルニア大学バークレー校の気鋭の経済学者、エンリコ・モレッティの新著『年収は「住むところ」で決まる』では、この現象を「イノベーション産業の乗数効果」で説明しています。イノベーション系の仕事(たとえばエンジニア)1件に対し、地元のサービス業(たとえばヨガのインストラクター)の雇用が5件増えることがわかっています。この乗数効果は製造業2倍以上。この差が都市格差を拡大させ続けています。ものづくりにこだわる日本の針路についても考えさせられます。

※本連載では、プレジデント社の新刊『年収は「住むところ」で決まる』から「日本語版のための序章」を抜粋して<全4回>でお届けします。

イノベーション産業は一極集中する

先進国で地域間格差が拡大していることは、見過ごせない問題だ。3つのアメリカの間の格差はなによりもまず経済的なものだが、それは人々の暮らしのそのほかの領域にも波及しはじめている。健康、家族生活の安定、政治への影響力などの格差も拡大しつつあるのだ。このまま放置されれば、その傾向は今後も続き、さらに加速する可能性が高い。

このような潮流は、どうして生まれたのか? イノベーション産業が集まっている土地が世界地図のどういう場所に存在しているかというパターンには、一見するとなんの脈絡もなさそうに思える。ハイテク産業が栄えている土地に共通する地理的な強みがあるようには見えない。シリコンバレーでシリコン(半導体の主な原料)が採れるわけではないし、東京がハイテク関連の研究開発で強みを発揮する必然的な理由があるとも思えない。むしろ、イノベーション産業の集積地はたいてい地価の高い場所にあるので、ビジネス上の選択として賢明でないようにも思える。では、もっと地価の安い都市に行こうと思えば行けるのに、イノベーション産業はどうして地価の高い一握りの都市に寄り集まるのか?

それは、イノベーションの集積地に拠点を置くことで、企業が競争上の強みを手にできるからだ。集積効果が発揮されることによって、労働市場の厚みが増し、イノベーション産業のためのビジネスインフラが整い、そしてなにより、知識の伝播が促進される。これらの集積効果がなぜ生まれ、それがなぜ強まっていくのかは、後述する。ここでとりあえず理解してほしいのは、ある土地にいくつかのハイテク企業がやって来ると、その土地の経済のあり方が変わり、ほかのハイテク企業もそこにやって来たいと感じるようになって、ハイテク産業の集積がさらに進む、という図式だ。そうした土地では、高い技能をもつ働き手がイノベーション関連の職を求め、イノベーション関連企業も高い技能をもつ人材を求める結果、企業の集積と人材の集積が相互補完的に安定して持続される場合が多い。

前述の3つの集積効果が期待できるので、イノベーション関連企業はそういう場所にきわめて強い魅力を感じる。ひとことで言えば、このような環境では、全体が個々の部分の総和以上のものを生み出すことができるのだ。ある程度の規模をもったイノベーションハブでは、高い技能をもった人材と専門性の高い下請け業者や納入業者がふんだんに集まっていて、活発に知識の交換がおこなわれる環境があるので、ハイテク企業はいっそう創造性と生産性を高めていける。