イノベーション産業には、従来型の産業と異なる点がある。従来型の生産活動が比較的容易に海外に拠点を移せるのに対し、イノベーションに取り組む企業を移転させることはずっと難しい。オモチャや繊維製品をつくる工場をアメリカや日本からまったく別の国へ、たとえば中国やインドへ移すことはさほど難しくない。この種の製品はおおむね、世界のたいていの場所で製造できる。鉄道や港が近くにありさえすれば、どこに工場を置いても大きな違いはない。

しかし、イノベーション重視の企業は、そうはいかない。バイオテクノロジー関連の研究所やソフトウェア企業をいきなりどこかへ移転させれば、イノベーションを生み出す力を失ってしまうだろう。イノベーションとは、そんなに簡単なものではない。孤立した環境ではけっして革新的なアイデアを生み出せない。イノベーションを起こすためには、適切な「エコシステム(生態系)」に身を置くことがきわめて重要だ。とくにハイテク分野の企業が成功できるかどうかは、従業員の質だけでなく、地域の経済環境の質にも左右される。ハイテク産業の盛んな土地にさらに多くのハイテク企業が集まってくるのは偶然ではないのだ。

こうして、ごく一握りの都市に、イノベーション関連の雇用と研究開発投資が極度に集中する結果になっている。このように、単にイノベーション関連の産業が特定の土地に集積しているだけでなく、その状態がずっと続くようにできているのである。テレビ会議、電子メール、インターネットなどの普及が進んでも、集積状態はあまり変わっていない。世界の電話通話、ウェブサイトへのアクセス、投資資金の流れの95%は、比較的近接した地域内で起きている。むしろ、今日のハイテク産業は、20年前に比べて一部の土地への集積がさらに加速している。

イノベーション産業が地理的に集積する性質をもっていることは、単に学術的に興味深い現象というだけでなく、多くの国の未来にとって、きわめて大きな意味をもつ。まず、地域間の格差がますます拡大すると予測できる。古い製造業の中心地から、新しいイノベーションハブへと雇用が流出し続けるからだ。スポーツの世界で、試合に勝つことで弾みがついて、次の試合で勝つ確率がいっそう高まるのと似ている。イノベーションというスポーツで勝利を収めてきた都市はこれからも勝ち続け、ほかの都市はさらに衰退していく。この点を前提にすると、いまアメリカで起きている地理的格差の拡大は、経済の構造的要因が生み出した必然の結果と言える。この結論が政治的にもつ意味は大きい。過去の経済的失敗に足をとられて悪循環に陥っている地域のために政府はなにをすべきか、という問題が持ち上がるからだ。こうした「貧困の罠」を打ち破るうえで政府がどのような困難に直面しているかにも、本書では言及する。