人的資本をめぐる競争
20世紀の大半の時期、よい仕事と高い給料は、目に見える製品をつくることによって生み出されてきた。地域間の競争は、工場の建設や機械の導入のための投資をどれだけ集められるかをめぐるものだった。大規模な製造業を育てることに成功した都市や国は、目を見張る繁栄を謳歌した。アメリカと日本は世界に冠たる製造業を築き、世界経済に君臨する存在になった。
しかし、21世紀は違う。よい仕事は、新しいアイデア、新しい製品、新しいテクノロジーを創造してこそ生み出せる。工場や機械のような物的資本ではなく、人的資本をどれだけ引きつけられるかをめぐって、競争がおこなわれるようになるだろう。そのような時代には、場所の重要性がかつてなく強まる。人は互いに顔を合わせてコラボレーションするとき、最も創造性を発揮できるからだ。ある土地に人材が集積すれば、その土地にさらに人材が集まり、コラボレーションが促される。その結果、一人ひとりの技能がさらに高まり、ますます多くの人材が集まってくる。そうやって、イノベーション能力に富んだ人材を大勢引きつけられた都市や国が経済の覇者になる。
以下の各章では、このような新しい経済の世界を旅していきたい。成長しつつある都市と衰退しつつある都市を探索し、馴染みのない土地にもお馴染みの土地にも足を延ばす。ピクサー社の色彩専門家やサンフランシスコの製本業者も訪ねる。シアトルの最先端の一角であるパイオニアスクエア(以前は薬物依存症患者のクリニックが立ち並んでいた土地だが、いまではジンガやブルーナイルといった活気ある企業が本社を置いている)にも足を運ぶ。ヨーロッパで屈指のカッコいい町でありながら、驚くほど貧しい都市でもあるベルリンも訪ねるし、退屈だけれど驚くほど豊かになったノースカロライナ州のローリー― ダーラム圏も訪ねる。
このような検討を通じて、世界経済の変化が仕事の世界をどのように様変わりさせつつあるかを明らかにしたい。将来、どこに雇用が生まれ、個々の都市や国がどのような運命をたどるかは、そうした経済の新潮流によって決まる。その新しい潮流はどうして生まれたのか? そして、それは私たちのキャリアに、地域社会に、そして生き方に、どのような影響を及ぼすのか? 本書では、これらの問いに答えていく。アメリカがどう変わりつつあるかは、日本の未来を見通すうえで大いに参考になるだろう。