カリフォルニア大学バークレー校の気鋭の経済学者、エンリコ・モレッティの新著『年収は「住むところ」で決まる』では、この現象を「イノベーション産業の乗数効果」で説明しています。イノベーション系の仕事(たとえばエンジニア)1件に対し、地元のサービス業(たとえばヨガのインストラクター)の雇用が5件増えることがわかっています。この乗数効果は製造業2倍以上。この差が都市格差を拡大させ続けています。ものづくりにこだわる日本の針路についても考えさせられます。
※本連載では、プレジデント社の新刊『年収は「住むところ」で決まる』から「日本語版のための序章」を抜粋して<全4回>でお届けします。
給料は技能より「どこに住んでいるか」で決まる
イノベーション産業の成長があらゆる人にとって大きな意味をもつ理由はもう一つある。
「雇用の増殖」とでも呼ぶべき魔法のような現象が生まれるのである。イノベーション関連の産業は、その分野の企業が寄り集まっている地域に高給の良質な雇用をもたらす。それが地域経済に及ぼす好影響は、目に見える直接的な効果にとどまらない。研究によると、ある都市に科学者が1人やって来ると、経済学で言うところの「乗数効果」の引き金が引かれて、その都市のサービス業の雇用が増え、賃金の水準も高まることがわかっている。
ハイテク産業は、雇用全体に占める割合はごく一部にすぎなくても、地元に新しい雇用を創出する力は飛び抜けて強い。都市全体の視点に立つと、ハイテク産業で雇用が1つ増えることには、1つの雇用が増える以上の意味がある。この産業は、地域経済のありようを大きく左右する力をもっているのである。
私の研究によれば、都市にハイテク関連の雇用が1つ創出されると、最終的にその都市の非ハイテク部門で5つの雇用が生まれる。雇用の乗数効果はほとんどの産業で見られるが、それが最も際立っているのがイノベーション産業だ。その効果は製造業の3倍にも達する。なぜそうなるのかは後述するが、ここでは、この事実が地域の経済発展戦略にきわめて重要な、そして意外な意味をもつことを指摘しておきたい。ある自治体が技能の乏しい人たちのために雇用を創出したければ、皮肉なことに、高い技能の持ち主を雇うハイテク企業を誘致するのが最善の方法だということになるのだ。
経済を構成する要素は互いに深く結びついているので、人的資本(技能や知識)に恵まれている働き手にとって好ましい材料は、同じ土地の人的資本に恵まれない人たちにも好ましい影響を及ぼす場合が多い。海の水位が上がれば、海に浮かんでいるボートすべてが上に押し上げられるのに似ている。同じ都市で暮らす人たちの間には、このような現象がしばしば見られる。その結果として、今日の先進国では、社会階層以上に居住地による格差のほうが大きくなっている。
もちろん、グローバル化と技術の進歩は押しとどめようがなく、この2つの要因の影響を強く受ける経済では、教育レベルの低い働き手より教育レベルの高い働き手のほうが有利なことは間違いない。しかし、雇用と給料がこの2つの要因からどのような影響を受けるかは、個人がどういう技能をもっているかより、どこに住んでいるかに左右される。同じように技能の低い働き手でも、ハイテク産業の中心地に住む人はグローバル化と技術の進歩の恩恵を受け、製造業都市に住む人は打撃をこうむる可能性があるのだ。