出世は見込めず、そもそも会社の将来もどうなるやら。これからを考えるだけで、気持ちが滅入ってしまう――。ベストセラー『考えない練習』で読者から圧倒的な支持を得た名僧が、あなたの日頃の迷いに対して、考え方の筋道をわかりやすく説く。

「出世できないかも」という不安には、収入増が期待できないおそれも含まれるでしょうが、それだけでなく「自分の地位がランクアップできない」ことが問題なのではと考えられます。

以前に聞いた話ですが、あるお店のアルバイトシステムは、ランクアップしても時給はほとんど変わらないにもかかわらず、ランクアップしたいという人が多いそうです。つまり人は、より上の立場に立ちたいとの思いを抱いているもの。たとえ全く同じ給料でも、平社員と課長となら、課長を選ぶ人が多いはずです。

なぜかといいますと、立場が上がれば部下ができ、部下という他人を支配できるからではないでしょうか。要は「支配欲」であり、権力への憧れです。他人を支配することで、自分の力が増したように感じて、「慢」の煩悩が刺激されます。

つまり「出世できないかも」という不安は「将来の自分の支配欲が満たされないかも」という不安でもあるのです。

しかしながら、ここで考えてみたいのは、出世して支配欲が満たされれば、本当に幸せになれるのかということです。出世を目指せば、常に権力闘争の中にいることになり、消耗するおそれがあります。また、人の上に立てば責任が重くなりますし、部下を思うように支配できないと、自分の無力さを認識させられ、イライラを募らせたりもするでしょう。精神的な負担は確実に大きくなります。

そういうリスクを引き受けられる胆力や、部下をしっかりまとめる統率力を備えた人が出世するのはいいとして、そうでない人が出世すると、日々がかなりストレスフルなものになり、つらくなってしまうことは否定できません。

現代人は「自分のやりたいことができる立場になれ」とか、「会社の歯車になってはいけない」などと、洗脳されすぎているように感じます。出世できなくとも、会社の歯車になっても、それで平穏に生きるのが幸せな人もいるのです。自分の与えられた立場をまっとうすることが大事です。

月読寺住職・正現寺住職 小池龍之介
1978年生まれ。東京大学教養学部卒。正現寺(山口県)と月読寺(神奈川県)を往復しながら、自身の修行と一般向けに瞑想指導を続けている。『考えない練習』『ブッダにならう苦しまない練習』『もう、怒らない』など著書多数。
(構成=岩原和子 撮影=若杉憲司)
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