中傷が収まった頃に胃潰瘍で入院
健ちゃんの店には嫌がらせの電話がひっきりなしにかかってきて、売り上げも激減したと、奥さんは肩を落としていました。「あの店は危ない」などの声を、私もあちこちで聞き、胸を痛めました。
私は喜良志に、なんとかならないかと訴えましたが、「人の噂も七十五日というから、しばらく待つしかないだろうな。健ちゃんの腕は確かなんだから、ちゃんとお客さんもわかってるよ」と言います。
ところがそれから半年ほど経ち、噂もずいぶん収まったところで、健ちゃんは入院してしまったのです。胃潰瘍でした。当時は現在のようにいい薬もなく、ずいぶんこじらせて、入院は長期になりました。
しばらくは奥さんと二番手の男の子で店を切り盛りしていましたが、二番手が突然店を辞めてしまい、健ちゃんの店は休業を余儀なくされました。
そんなころです。大一郎と廣が、「同窓会旅行を計画した」と手づくりのチラシを持ってうちへやってきました。
「みんなには世話になってるから、恩返しがしたい。会社の税金対策のようなものだから、俺が仕切らせてもらう」とのことで、日程、行き先はほぼ決まっており、参加費は格安の設定でした。
健次郎不在の総勢40人「同窓会旅行」
「うちは家族で参加する。喜良志と幸子ちゃんも、家族でくるだろう? 夕子ちゃんもお姉さんと一緒に参加するって」
廣がうれしそうに言いました。健ちゃんのところにも声をかけたかと喜良志が尋ねると、大一郎が言いました。
「もちろん。だけどまだ体調が悪いから、今回は見送ると言ってたらしい」
それを聞いて、私と喜良志は安心しました。いろいろあっても、やはり幼馴染。絆は断たれてはいなかったのだな、と思ったのです。
参加したのは、中学の同級生たちとその家族、総勢40人ほど。2台のマイクロバスを借り切っての同窓会旅行は、豪華絢爛でした。
宿泊先は金沢の最高級温泉旅館。道中も車内のサロンでカラオケ、到着したら温泉。宴会場では私たち女性がせっせとお酌をして回りました。大一郎の奥さんが、「子どもは21時には寝かせます」と声をかけ、女性と子どもたちが部屋に引き上げた後は、男性は街へ繰り出し、スナックで朝方まで楽しんでいたようです。
帰路、バスの中では参加者にたくさんのお土産が配られるなど、いたれりつくせり。一人いくらかかったのかわかりませんが、私たちが支払ったお金は、おそらく3分の1にも達していなかっただろうと思います。ほとんどを、大一郎が支払ったのでした。

