一癖ある指導者たちと対話を重ねた

安倍晋三首相(当時)は、上述したようにインドのモディ首相との個人的信頼を軸に「自由で開かれたインド太平洋」を構築し、プーチンとの27回の会談を通じてロシアへの独自チャンネルを維持した。

さらに、アメリカのトランプ大統領とも緊密な関係を築き、米ロ印という3カ国の首脳と同時に外交チャンネルを維持することで、中国との戦略的競争でも独自の影響力を持っていた。

中国との戦略的競争という観点から見れば、安倍外交には、中国を直接抑えるだけではなく、インドとロシアが中国に接近しすぎない環境を作るという重要な役目があった。トランプ大統領もロシアへの宥和的姿勢を通じて中国との楔を打つ、いわば「逆ニクソン戦略」を試みた。

だが、現状では、トランプ大統領はNATO加盟国に対しても厳しい要求を突きつけており、日米欧の結束が揺らぐという副作用も出ている。欧米の結束が揺らぐことは、西側の対露政策の足並みを乱し、中国に戦略的な余地を与える可能性がある。

「安倍なき世界」において、中印ロのトライアングルを見据えた多角的な対中戦略が十分に機能していない状況が続いているのだ。

また、安倍外交は首脳同士の個人的な関係に大きく依存した面もあった。トランプ、プーチン、モディなど一癖ある指導者たちと直接対話できる関係を築いていたからこそ可能だった部分が大きい。

2019年1月22日、ロシアのクレムリンで、プーチン大統領と握手をする安倍総理
2019年1月22日、ロシアのクレムリンで、プーチン大統領と握手をする安倍総理(写真=首相官邸ホームページ/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

習近平が恐れている事態が現実に

中国にとって大きな戦略的リスクの一つは、インドとロシアの離反である。ウクライナ戦争が終結し、西側制裁が緩和され、ロシアが孤立から解放される。エネルギーを売る市場の選択肢が戻れば、プーチン大統領は中国とより対等に交渉できるようになる。

また、ロシアの中国依存が低下すれば、ロシアとの関係を重視するインドも自由度が増し、日本・欧米からの技術調達を確立し、中国依存を脱することがさらにやりやすくなる。

現在のところ、インドはまだ中間層が十分に育っておらず、日欧製品との価格ギャップも大きいが、さらに経済成長できれば、14億人の消費市場が必ずしも中国製品を必要としなくなる日が来る。

この二つが重なるとき、中国にとって重要な「消費市場」であるインドと「エネルギー供給国」であるロシアの対中依存度は大きく低下する。中国のユーラシア戦略にとって、人口大国インドとエネルギー大国ロシアという重要な二つの国との関係が、実は静かに揺らぎ始めているのである。