大手予備校でも成し得なかった「全員合格」

マフィアによる襲撃、相次ぐ脅迫、そして常に資金不足に喘ぐ厳しい環境の中にありながら、スーパー30が叩き出した実績は、インドの、いや世界の教育史における奇跡そのものであった。

【図表1】Super30のIIT合格率の推移
筆者作成

2008年は、インドの教育界に金字塔を打ち立てた年となった。この年、スーパー30の30人全員がIITに一発合格を果たしたのである。合格率100%という数字は、何十億ルピーの資本を持つ大手予備校すら一度も成し遂げたことのない偉業であった。

インド国内のメディアだけでなく、ニューヨーク・タイムズ、タイム誌、BBCなど、世界中の一流メディアがパトナの埃っぽいアパートへと押し寄せた。

世界が見たのは、パソコンすら触ったことのない農村出身の少年少女が、チョークと1枚の黒板、そして1人の熱き数学者によって、世界で最も難しい理系試験の壁を完璧に粉砕したという、息を呑むような人間の可能性の証明であった。

デジタルで「30人の壁」を破壊する

スーパー30の成功により、アナンド・クマールは世界的なヒーローとなった。マサチューセッツ工科大学(MIT)、ハーバード大学、スタンフォード大学での講演に招待され、彼の半生を描いたボリウッド映画は大ヒットを記録した。2023年には、インド政府から国家最高栄誉の一つである「パドマ・シュリ」を授与された。

しかし、華やかな賞賛や数々の栄誉に囲まれながらも、アナンドの心は決して満たされていなかった。

毎年、スーパー30の選抜試験の時期になると、パトナの事務所の前には耐え難い光景が広がった。何万人もの貧しい親たちが、わが子の成績表を胸に抱きしめながら列を作り、炎天下で涙を流しながら「どうかわが子をスーパー30に入れてほしい」と懇願した。

しかし、パトナのアパートの物理的なスペース、母ジャヤンティの体力的限界、そして彼らの限られた自己資金では、どうしても「30人」という定員を増やすことはできなかった。アナンドは毎年、何千人もの優秀な子供たちに、涙をのんで「ノー」と言い続けなければならなかった。

さらに、アナンドは現代のデジタル教育の進化に強い違和感を抱いていた。スマートフォンやインターネットが普及したことで、教育はより平等になるかと思われた。しかし現実は異なっていた。巨大な教育技術企業(EdTech企業)は、オンライン動画の視聴に高額な月謝やサブスクリプション料金を課し、ただの「デジタル化された受験工場」と化していた。派手なアニメーションやCGを多用しながら、教えている内容は「公式の丸暗記」や「点数を取るための小手先のテクニック」ばかりであり、それがかえって子供たちに数学への苦手意識や学業不安を植え付けているように思えた。

アナンドは気づいた。

「物理的な教室には壁がある。しかし、人間の知性と可能性には、そもそも壁など存在しないはずだ。デジタルという翼を使えば、パトナに来られない世界中のすべての子供たちに、スーパー30の魔法を完全に『無償』で届けることができるのではないか」

この強い衝動から誕生したのが、彼の人生の最終章となる偉大な挑戦、「スーパー・インフィニティ(Super Infinity)」である。