「人の目」が危険を遠ざける

では、こうした国境問題の最前線に位置する根室が抱える課題とは何だろうか。

取材を通じて感じたのは、北方領土問題を外交や安全保障だけの問題として捉えるのではなく、「日本人がこの地域で暮らし、働き、訪れ続けること」そのものが重要な意味を持つということだ。

根室市の基幹産業である漁業の振興はもちろん欠かせない。加えて、日本最東端の納沙布岬や根室本線(花咲線)沿線への観光振興によって交流人口を増やしていくことも、外国と接する地域を維持する上で大きな役割を果たすだろう。

筆者が根室を訪れた9月初旬は、JR東日本の「大人の休日倶楽部パス」の利用期間中だったこともあり、花咲線の終着駅である根室駅には全国各地から多くの旅行者が訪れていた。納沙布岬で話を聞いた観光客の多くは、東京や群馬、京都など本州各地から訪れた日本人であり、外国人観光客は少数派だった。

こうした外国と接する地域では、人の流れが途絶えてしまうことが大きなリスクとなる。納沙布岬のロシア人漁船員不法上陸事件では、地元漁業者からの通報により速やかに逮捕に至っている。漁業者や観光客、地域住民の活動が活発であれば、不審船や不法上陸といった異変にも気付きやすい。しかし、人口減少や地域の衰退によって人の目が失われれば、不法上陸の監視機能そのものが弱まってしまう。

道東観光サービスセンターだった建物も朽ちていた
筆者撮影
道東観光サービスセンターだった建物も朽ちていた

領海警備というと海上保安庁の役割が注目されがちだが、実際には地域産業を維持し、日本人が訪れ続ける環境をつくることもまた重要な安全保障なのである。

北方領土の対岸が廃墟街ではいけない

納沙布岬から貝殻島までは3.7キロしか離れていない。プーチン大統領の択捉島訪問によって改めて注目された北方領土問題だが、その最前線では今も人々の暮らしが続いている。

江戸時代のラクスマン来航やゴローニン事件から200年以上。根室は一貫してロシアと向き合う日本の最前線であり続けてきた。さらに、ロシアは未だに北海道の領有について野心を捨ててはいない。2022年4月にロシア連邦議会議員で政党「公正なロシア」党首のセルゲイ・ミロノフ氏は「ロシアは北海道にすべての権利を有している」と発言している。

だからこそ、この地で漁をする人々、生活する人々、そして全国から訪れる旅行者たちの存在が、日本の実効支配が確かに根室半島に及んでいることを示す必要があるのである。そのためにも納沙布岬が廃墟街となるようなことはあってはならない。

納沙布岬にある廃店舗。奥にある白い建物は納沙布岬灯台
筆者撮影
納沙布岬にある廃店舗。奥にある白い建物は納沙布岬灯台

北方領土問題の解決への道筋は依然として見えない。しかし、少なくとも言えるのは、人が住み、働き、訪れ続けることで初めて領土は維持される。オーロラタワーに象徴される納沙布岬の廃墟化の現場は、その現実を私たちに強く問いかけていた。

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