戦後皇室が「家族」を見せた意味
今から約140年前になるが、明治の時代に、日本で初めての近代憲法である大日本帝国憲法が制定されたときのことである。憲法制定を主導した初代首相の伊藤博文は、日本にはキリスト教のような強い力を持つ宗教が存在しないので、皇室を「国家の機軸」に据えるという方針を打ち立てた。国家の機軸とは、日本の国を中心になってまとめあげる存在のことである。
その時代に機軸として想定されたのは、あくまで天皇一人だが、戦後は、皇室のあり方も変わり、とくに女性皇族が前面に出ることで、家族という側面が重要性を増してきた。
だからこそ、皇太子夫妻の「ご成婚」に大きな注目が集まった。とくに現在の上皇夫妻のケースでは、一般国民のカップル(当時はアベック)の理想ともされた(森暢平『天皇家の恋愛 明治天皇から眞子内親王まで』中公新書)。そして、美智子上皇后による子育てが、新しい時代の育児法として着目されたのだ。こうして戦後の皇室は、家族として国民全体のモデルの役割を果たしてきた。
そこに、戦後の日本国憲法が規定する「象徴」という意味がある。天皇一家は、国民の理想を体現し、それを象徴する存在となったのである。
「愛子天皇」待望論が高まるワケ
天皇一家が、日本版聖家族となったことも、「愛子天皇」待望論がこれまで以上に高まることに貢献している。仲良く、また気取らない天皇一家の中心に位置づけられた愛子内親王に、日本の未来の姿を見いだしたいというわけである。そんな気持ちが、国民のあいだに強まっているのだ。
もちろん、聖家族は永遠のものではない。キリスト教の聖家族像でイエスは幼子として描かれるが、その後成長し、信仰を貫くことで十字架刑に処せられた。聖母子像を見つめる信者の頭のなかには、当然、そのことが浮かんでくる。
天皇一家の場合も、愛子内親王が結婚ということになれば、今のような形のままではなくなる。今回の改正皇室典範では、結婚後の女性皇族の身分保持が可能になったが、天皇一家だけで公の場に現れることは少なくなっていくであろう。
天皇や皇后の老いということも想定される。上皇は2019年に退位したが、その際に、皇室典範は改正されなかった。つまり、今でも天皇は終身で、亡くなるまでその座にあることが原則になっている。退位は、「特例法」という特殊な形式によってなされたのである。

