潜入した2人の容疑者の正体

それから17日後の6月3日、逃げた男も捕まった。

マンションでは1年ちかく検討してきた大規模修繕への工程が崩れた。議事は白紙撤回され、振りだしに戻った。

逮捕された男たちは、処分保留で釈放されるが、7月4日、神奈川県警は「詐欺未遂」と「偽計業務妨害」の容疑で捜査を始めた。

潜入した2人の容疑者は、大阪府東大阪市に本社を置く修繕施工会社の営業部員だった。この施工会社は、1997年に創業している。業界に精通した人の話では、同社はマンションの修繕で業容を拡大したが、2020年に粉飾決算にかかわる修正損で大幅な債務超過に陥った。翌21年から体制をあらため、以降は黒字決算で推移しているという。年商は120億円。修繕施工業界では、年商400億円規模の大京穴吹建設、長谷工リフォーム、建装工業など元請け大手には及ばないが、中堅上位にランクされている。

業界内で、「東大阪の施工会社」の名は知れ渡っており、警戒する管理組合団体や一級建築士事務所は少なくない。

管理組合に社員を潜入させ、大規模修繕へ誘導して工事を受注しようともくろむ、その実態とは、どのようなものか。管理組合をどう操ろうとしていたのか。

同社に取材を申し込むと、「警察の捜査中なので応じられない。事件については、深くお詫びする」と返事があった。

私は各方面への取材を重ねた。

チラシ配布と住居購入、2つの手口

関係者へのインタビューと独自に入手した資料から、東大阪の施工会社は、別の施工会社や市場調査会社、建築士事務所などとグループ(以下、東大阪グループ)を形成していることがわかってきた。主に2つのルートで管理組合にもぐり込んでいる。

まず、グループ内の市場調査会社が、そろそろ大規模修繕の検討が始まると目星をつけたマンションに「内部調査に協力してくれれば、月1万5000円の謝礼を渡します。アルバイトをしませんか」といった内容のチラシを撒き、住民に網をかける。チラシを見て応募した住民に調査会社の社員が接触し、大規模修繕の情報を吸い上げ、潜入担当者がその住民の親族(夫や息子など)に扮して管理組合の修繕委員会に加わる。これを「チラシ・ルート」と呼ぶことにしよう。

白昼の逮捕劇がくり広げられたマンションの現場から逃走した男は、このチラシ・ルートから潜入していた。

同マンションに「ミステリーショッパー(覆面調査)のアルバイトをしませんか」と誘うチラシが配布されたのは、2024年3月だった。覆面調査とは、調査員が一般客を装って店を訪れ、接客態度などを店側に気づかれないように調べることをさす。

学生時代に覆面調査をした経験のある女性の居住者が、月1万5000円の小遣いほしさに応募した。すると調査会社の社員がコンタクトを取ってきた。当初、飲食店を対象とする調査の話だったが、途中で風向きが変わる。相手は修繕委員会に居住者の代理で参加したい、と言いだしたのだ。