「ビッグママ」が導く最強の教育現場
そして、この群れの中で最も感動的で、かつ凄惨なのが「教育」の現場です。ビッグママは、生きるための術を驚くほど徹底的に子どもたちに伝承します。
たとえば、狩りの訓練。アザラシなどの獲物をお母さんシャチが甘噛み、というか半殺しにしておいて、とどめを子どもたちに刺させて、狩りの仕方、生きる術を伝承していきます。あるいは、コクジラの上に乗って海中に沈め、呼吸を封じて弱らせる。
そこへ子どもたちがやってきて、大人の真似をして上に乗り、命を奪う術を学ぶ。アザラシやコクジラからすればこれほど残酷なことはありませんが、これが厳しい自然界を生き抜くための「知恵のバトン」なんです。
これを「愛情」と呼んでいいのかはわかりません。でも、死に物狂いで生きる術を教え込む親と、必死にそれに応える子の姿には、理屈抜きで心を動かされます。
「かわいそう」という言葉だけで片付けてしまったら、自然の真理は見えてこない。シャチたちの冷徹なまでの自立心と、それを支える濃厚な血縁の絆。その「ギャップ」こそが、私がシャチという生き物にどうしようもなく惹かれる理由なんです。
親子関係の密度を決定する「胎盤」の秘密
海の哺乳類が持つ知性について考えるとき、私はいつも彼らの存在そのものが、1つの「壮大な知性の物語」のように思えてなりません。その理由を、少し順を追ってお話ししてみたいと思います。
まず、獣医としての視点から、彼らの社会を支える「個」の成り立ちについて触れてみます。
実は哺乳類の社会性の特徴は、母体と子を繋ぐ「胎盤」の構造と密接に関係している、という興味深い説があります。
霊長類、とくに人間は、胎盤が母親の子宮壁と非常に深く強固に結合しています。この結合の強さが、難産のリスクをともなう一方で、母子の生理的・心理的な密着度を極限まで高めている一因ではないか、という考え方です。
対してクジラやイルカの胎盤は、結合が比較的ゆるやかな「散在性胎盤」に近い構造をしています。さらにクジラの出産は、ぎりぎりまで呼吸を確保するために「尾ビレ」から出てくるスタイルです。
産み落とされた瞬間、結合が解かれた子は自力で海面へ泳ぎ、最初の呼吸をしなければなりません。
この生理的な「自立の早さ」が、ベタベタしすぎず、それでいて互いを尊重して協力し合うという、イルカやシャチ特有の「自立した個による社会」を形作る背景にあるのかもしれません。

