2021年の大規模調査で消えた「頭打ち」

ところが、その後、この話には続きが出てきます。2021年に、スマートフォンを使ってリアルタイムで気分を測る、大規模な同様の調査が発表されました(※2)

参加者に日常生活の途中で何度も通知を送り、「いまこの瞬間、どれくらい気分がいいか」を答えてもらう方法で、集まった回答は3万3000人以上から約170万件にのぼりました。

2010年の研究が「昨日どうだったか」を振り返って答える形式だったのに対し、こちらは「いまどう感じているか」をその場で答える形式です。

結果は、2010年の有名な結論とは違っていました。なんと年収が高い水準を超えても、感情的幸福感は上がり続けていたのです。頭打ちは見られませんでした。

では2010年の研究は間違っていたのかというと、そうではありません。2023年には、カーネマンも加わった共同研究が発表されました(※3)

結論は、どちらか一方の完全勝利ではありませんでした。見つかったのは、人によってお金の効き方が違う、ということでした。

平均的に見ると、収入が高いほど日々の気分も上がり続けます。けれど、もともとの幸福度が低い人たち、だいたい下位15〜20%くらいの人たちでは、ある収入水準で気分の改善が頭打ちになる傾向がありました。

一方で、幸福度が中くらい以上の人たちでは、収入が増えるほど気分も上がり続けました。

つまり、2023年時点での統合的な見方は、「お金は、気分に効く。ただし、誰にでも同じように効くわけではない」ということになります。

お金だけでは解決しにくい苦しみ

生活の不安が強いとき、収入が増えることは大きな助けになります。家賃の心配が減り、急な出費に怯えなくてよくなり、嫌な仕事を断る余地が生まれます。

お金は、人生の選択肢を増やします。しかし、慢性的な落ち込み、孤独、喪失感、強いストレス、人間関係の傷つき。そうしたものは、ある水準以上のお金では消えにくいのです。

だから、「もっと稼げば、この気分は全部よくなるはず」と考えると、少し危ういのです。お金で解決できる苦しみと、お金だけでは解決しにくい苦しみがある。この区別を持つことが、とても大事です。

加えて、お金にはもう1つの罠があります。比較です。次のプロスペクト理論の「価値関数」では、人は金額を絶対値で評価するのではなく、「参照点」からの差分として評価すると考えます。

年収800万円でも、周囲がみんな400万円なら「自分はかなり恵まれている」と感じ、周囲がみんな1500万円なら、同じ800万円でも急に足りないように感じます。数字は同じでも、参照点が変わると、意味が変わるのです。

しかも参照点はすぐに更新されます。年収が上がった直後はうれしくても、しばらくするとその金額が「普通」になり、次は少し上の人が気になり始めます。

SNSは、この参照点をさらに不安定にします。誰かの昇進、転職、海外出張、立派な肩書きが、毎日のように流れてきます。しかも、そこに出てくるのは、その人の人生のハイライトだけです。

こちらは自分の疲れた日常を抱えながら、相手の編集済みの成功と比較してしまう。これで気分が沈まないほうが、難しいのです。

※2 Killingsworth, M. A. (2021). Experienced well-being rises with income, even above $75,000 per year.Proceedings of the National Academy of Sciences, 118(4), e2016976118.

※3 Killingsworth, M. A., Kahneman, D., & Mellers, B. (2023). Income and emotional well-being: A conflictresolved. Proceedings of the National Academy of Sciences, 120(10), e2208661120.