行動遺伝子学における最大のタブー

橘:行動遺伝学はこれまで個人間に遺伝的なちがいがあることを明らかにしてきたわけですが、現代とりわけ欧米における最大のタブーはヒト集団の間の遺伝的なちがいですよね。

とりわけ白人の研究者は、白人と黒人の遺伝的なちがいを話題にしただけでも「レイシスト」のレッテルを貼られ、キャンセルされて人生のすべてを失ってしまう。それでも進化生物学や進化人類学では、農耕が開始されてからの1万年間でも、異なる地域に移り住んだヒト集団はさまざまな理由から異なる遺伝的傾向を持つようになったと考えざるを得ない。

最後に、可能な範囲で、このもっともセンシティブな話題についてお二人の意見を聞かせていただければ。

河田:6〜7万年前、人類はアフリカを出て、寒冷地から高山、新大陸、さらには太平洋の島々まで、世界のあらゆる場所へ広がっていきました。それにともなって、それぞれの環境に適応するかたちで遺伝的な性質が進化しただけでなく、地域ごとに異なる方向へ、偶然によって性質が変化してきた面もあります。

そうした性質には、知能や性格をはじめとする心理的な傾向も含まれます。知能に地域集団間の違いがあるとすれば、それは差別を助長しかねず、慎重に扱うべき問題であることは確かです。

しかし、今後ゲノム解析によって明らかになりうる、地域や集団間の認知能力など心の遺伝的な違いを、私たちがどう受け止めるのか、その備えを今から考えておく必要があるのではないでしょうか。

黒板に書かれた人間の進化図
写真=iStock.com/altmodern
※写真はイメージです

橘:心はどこまで進化したのか』で、「日本人は幸福になりにくい」というデータが紹介されていますよね。

日本人は幸福になりにくい

河田:ええ。性格の全世界調査で「日本人は神経質性の傾向が高い」という結果はどの調査でも出てきます。日本人は遺伝的に心配症なんです。幸福度調査で北欧が高いと言われますが、日本人が幸福を感じづらいことが、世界幸福度ランキングでいつも下位に来ることに影響しているんじゃないかと思いますね。

橘:電車が定刻に来るというような一般的なイメージにも合いますよね。

安藤:逆説的ですが、日本はこれだけストレスを負荷し、不安を持つ結果として、安全で、水も電気も平和も享受できます。だけど、この社会を維持するためにものすごいコストをかけていて、その結果、ストレスで自殺する人が多いのかもしれません。

橘:あと、日本人は外集団を信用しない、というのも一貫した傾向として出てきますね。

河田:はい。ただ、社会心理学や進化心理学は、遺伝率はノイズと考えて地域間の差を無視します。文化によって違うという比較文化の立場でも、遺伝的なところまでは踏み込んでいません。