フリーライダーは生き残りにくい
河田:私はその影響は非常に大きいと思っています。なぜなら、人間の利他行動に特徴的な点として、集団のルールに従う傾向や同じ集団に属する人とそうでない人を区別する傾向(これらはいずれも遺伝的な影響を受けています)が進化しているからです。
理論的には、小集団間の闘争が激しい時に、それらの傾向が、集団内の協力行動とともに進化することが予測されています。
橘:とはいえ、その利他的な集団の内部にも、協力にただ乗りするフリーライダーは現れますよね。集団の中だけを見れば、利己的にふるまう個体のほうが多くの子孫を残せるはずで、そうなると集団内の協力はいずれ維持できなくなって、崩壊してしまわないのでしょうか。
河田:フリーライダーが進化しやすい状況がデフォルトであり、それがあるからこそ、生き物は基本的に利己的なのだと思います。しかし、集団間の競争による集団選択は、フリーライダーの多い集団が敗北や消滅のリスクに直面するため、フリーライダーの進化を抑え込みます。ただし、そのためには、集団が小さく、頻繁に消滅したり、分裂して新たな集団を生み出したりするようなものでなければなりません。
共感力が逆に差別を引き起こす
橘:もうひとつ人文系のあいだで人気なのは、「共感」ですよね。「グローバル資本主義に適応した利己的な人間は共感力が低い。もっとみんなが共感を持つようになれば、世の中はずっとよくなるにちがいない」と素朴に信じられている。
河田:人間の共感力の向上は、他者との関係にかかわる認知能力を進化させたことと関係しています。しかし人間の共感は、特に同じ集団に属する人に向かう一方で、集団の外にいる人に対しては、敵意・排除・無視の傾向を強める結果にもなったと思われます。
この傾向は、いじめグループのような小さな集団から、地域集団、国家、民族まで、さらには恣意的につくり出した集団に対してさえ、同じようにみられます。共感力が、いじめ・ヘイト・差別、そして戦争までを引き起こしているとも言えるのです。
橘:内集団への利他性と外集団の排除はコインの裏表ということですね。考えてみればこれは当たり前ですが、そういう不都合な事実から目を背けて、きれいごとばかり語りたがる人が多いために、人間や社会についての正しい理解が深まらないんじゃないかと思います。
河田:私もそう思います。人間が進化(自然選択であれそれ以外の要因であれ)によって獲得した、遺伝的な心の性質の多様性を理解することは、人間社会を理解するうえで欠かせないと思います。


