価格を上げるより、人件費を引き下げる
分社化や転籍を経験した労働者のあいだでは、「雇用は守られたが、気づけば別の会社で、給料や休暇、福利厚生が変わっていた」といった声も聞かれる。日本では雇用の継続が重視される一方で、その雇用が同じ職場や同じ労働条件で維持されるとは限らない。
こうして、労働条件の見直しを伴いながら雇用が継続されてきた側面がある。
このような調整の積み重ねによって、表面的には雇用が維持され、企業活動も継続できるため、個別の現場では対立が生じながらも、それが社会的な対立として顕在化しにくい形で進められてきた。
こうして日本では、価格を動かすよりも、賃金を上げない、もしくは人件費総額を引き下げるほうが穏便な選択とされ、繰り返し選ばれてきた。ただし、この調整は、負担の所在を見えにくくし、後から大きな歪みとしてあらわれやすい。
欧州は、賃上げ分を価格に転嫁
2つ目の理由は、制度的な切断である。日本の労使関係の特徴として、労働組合が主に企業別組合によって構成されており、賃金交渉が各企業の経営状況を前提に行われやすいことがある。
そのため、欧州に見られるように産業全体や社会全体で賃金水準を引き上げる仕組みは限定的である。
このこと自体は、従来から指摘されてきたが、重要なのは賃金交渉と価格形成が切り離されてきたことである。
労働組合は賃金や労働条件を交渉する主体ではあったが、価格をどう設定するのか、コスト上昇をどこで引き受けるのかといった問題は、主に経営側の問題として扱い、関与しにくかった。価格は、市場や取引慣行の問題とされ、労使交渉の射程外に置かれてきた。
それに対して、産業別交渉や労働協約の拡張適用が続く欧州では、賃金改定が当該産業に広く及ぶため、個別企業が賃上げ分を価格に転嫁しても競争上の不利が生じにくい。
先行研究では、団体交渉が強く機能している国ほど、原油や原材料価格といった外生的コストショックが生じた際に、賃金が上方に反応し、その結果、賃金と価格の連動を通じてインフレが持続しやすいことが示されている(※1)。
こうした制度のもとでは、賃金と価格は切り離されるのではなく、相互に結びついた形で変化する。

