「賃金と価格の連動」が日本にはない

一般に賃金をめぐる問題は、企業と労働者の間の分配関係として捉えられることが多い。

実際、労働組合が強く、賃金交渉の結果が産業全体や社会全体に波及する場合、賃上げは価格に反映されることで調整される可能性があり、分配をめぐる調整は賃金と価格の連動を通じて社会に広がる。

しかし、日本ではこうした連動は十分には機能してこなかった。価格は動きにくく、企業利益は長期的には維持されるなかで、調整は主として賃金に集中してきた。

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写真=iStock.com/bee32
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本稿では、こうした分配関係を踏まえつつも、実際に調整が生じてきた領域として、価格と賃金の関係に着目して検討する。

なぜ価格ではなく、賃金が調整弁になってきたのだろうか。1つ目の理由は、調整コストの非対称性である。日本では、賃金は価格よりも、社会的摩擦が表面化しにくく、「静かな調整」として機能してきた。

なぜ賃金が調整弁になったのか

価格を引き上げれば、消費者の反発や需要減少のリスクが表面化しやすい。とりわけ生活必需品の値上げは政治問題化しやすく、企業にとっても売り上げ減少や市場シェアの喪失という具体的なリスクを伴う。

日本では、このリスク認識が長期にわたり共有されてきた結果、価格調整はきわめて慎重に行われてきた。

これに対して、賃金調整は、より緩やかな形で行うことができる。賃金を一気に引き下げる必要はない。

業績悪化を理由に賞与を減らす、ベースアップを見送る、昇給を抑制するなど、段階的に人件費を抑えることができる。正規雇用を非正規雇用に置き換えるといった対応を積み重ねることで、年々少しずつ人件費総額を調整することもできる。

2000年代以降に進んだのは、こうした明示的な賃金抑制や削減だけではない。企業は組織再編や事業体制の変更を通じて労働条件を見直しながら人件費を引き下げる調整を進めてきた。