「和田君、人間、死んでからだよ」
死んだあとに「名前を残す」ことは、実は私自身も意識しています。1冊でいいから後世にも読み継がれる本を書きたい、死んだあとも多くの人に観てもらえる映画を撮りたい、そう願いながら日々活動しています。
自分の生きた証を残したいと思うようになったきっかけは、恩師である精神科医の土居健郎先生のひと言です。まだ若かった頃、「和田君、人間、死んでからだよ」と、土居先生によく言われたのですが、60歳を過ぎてようやく、この言葉の意味が身にしみてわかるようになってきました。
自分に対する今の評価や評判よりも、生きているうちは他人の目を気にせずに、自分の思うままにやることのほうが大事である。成し遂げたことには、死んだあとに評価がついてくる。
死が身近なものになってきて、今を生きることの大切さと死んだあとの評価を、より意識するようになりました。
死んだあとも誰かに大事に想われる
死後に評価されるようになった芸術家の代表は、画家のフィンセント・ファン・ゴッホでしょう。彼を支援し続けた弟・テオの妻であるヨーは、兄弟の死後に膨大な作品を受け継ぎ、有力な画商に絵を売り込み、各地で展覧会を開催するなどして、ゴッホの名声を確立しました。
彼女はゴッホの絵の真価を見極め、後世に残すために尽力したのです。好きなことを最期までやり続け、死んだあとも誰かに大事に想われる。家族や友人など身近な人たちが、時折懐かしんで思い出してくれる。
そんな人になりたいものですね。
「あなたの知識を分け与えなさい。そうすれば不死が達成できる」(H・ジャクソン・ブラウンJr./著作家)――作品などは残せなくても、自らの経験から得た「生きる知恵」を残せば、後世に伝わっていくかもしれませんね。

