「慎重」であることによって敗北招く

『作戦要務令』を読むと、旧日本陸軍が「時間」という要素を極めて重視していたことがわかる。

戦争とは、単なる戦力のぶつかり合いではない。限られた時間の中で、いかに状況を判断し、決断し、命令を伝達し、戦力を動かすかという「速度」の競争なのである。

『作戦要務令』には次のような記述がある。

「兵を用うるときの害は、猶予を最大とす」

ここでいう「猶予」とは、ためらい、先送り、決断の遅れを意味する。つまり、『作戦要務令』は、「最大の失敗は誤った判断そのものではなく、決断が遅れることだ」と考えているのである。

これは極めて現代的な視点だ。現代社会では、「失敗しないこと」が過剰に重視される。その結果、多くの組織が「決められない組織」になっている。

会議を繰り返す。稟議を回す。前例を確認する。責任問題を恐れる。その間にも市場環境は変化し続ける。つまり、組織は「慎重」であることによって敗北するのである。

ここで重要なのは、『作戦要務令』が「正確な判断」を否定しているわけではない点だ。問題は、戦場では「完全な情報」が永遠にそろわないことである。だからこそ、不完全な情報の中でも決断しなければならない。戦争では、100点の判断を待っている間に状況そのものが崩壊する。

東芝はできなかったが、ホンダはできた

これは現代企業にも完全に当てはまる。

例えば東芝の問題は、原子力事業へ参入したことそのものだけにあったのではない。問題は、「修正のタイミング」を失った点にある。2006年のアメリカの原子力企業・ウェスチングハウス買収後、巨額損失の兆候は比較的早い段階から現れていた。

東芝日本本社
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しかし東芝は、「技術立国日本」「総合電機メーカー」「国家戦略」といった巨大な物語に組織全体が拘束され、撤退や縮小の判断を先送りし続けた。つまり、現実の変化よりも、「過去の成功体験」と「組織の自己イメージ」を優先してしまったのである。その結果、損失は拡大し、組織全体が深刻な危機へ陥った。

『作戦要務令』的に言えば、これは「猶予」の失敗である。重要なのは、最初の判断が正しかったかどうかではない。環境変化に応じて、どれだけ早く修正できるかなのである。

一方、ホンダは異なる動きを見せた。ホンダは2020年代前半、中国市場とEV市場への大規模投資を進めた。しかし、世界的なEV需要減速、中国メーカーの急速な台頭、さらに第二次トランプ政権による環境規制緩和によって、市場環境は急激に変化した。

ここでホンダは、「正しいかどうかわからないから様子を見る」という姿勢を取らなかった。むしろ、不確実な状況の中で迅速に戦略修正へ踏み切ったのである。北米向けEV計画の見直し、ソニーとの「AFEELA(アフィーラ)」計画停止、中国事業再編、人員削減――。これらは短期的には巨額損失を伴う。しかし、『作戦要務令』的視点から見るならば、これは「戦力温存」のための迅速な再配置なのである。

ホンダ・ディーラーショールーム
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