11坪の店で、1日200万円を売った

百貨店での販売を続けながら、代表就任翌年の1998年、野呂さんは新たな挑戦に踏み出した。鎌倉を代表する観光地・小町通りに、腰越本店に次ぐ納豆専門店を開いたのだ。

わずか11坪の店には、連日のように国内外から訪れた観光客が押し寄せた。

とはいえ、“高級”といっても、納豆である。主力商品は1個あたり300円前後で、3個入りのセット商品が1000円、高くても1500円ほどだった。それでも飛ぶように売れ、最高で1日200万円近い売り上げを記録した。

小粒、中粒、大粒、ひきわりなど、納豆は全11種類
筆者撮影
小粒、中粒、大粒、ひきわりなど、納豆は全11種類

「家賃は高かったけれど、びっくりするほど売れたんです。いい波に乗っちゃって、バカみたいに売れて。正直、自分もちょっと調子に乗っていた部分がありました。あの頃、『商売ってこんなに簡単なんだ』って思っちゃったんだからね」

しかし、現実はそう甘くはなかった。開店してから、3年~5年目をピークに、売り上げはゆるやかに落ちていった。夏場は人が海に流れ、冬になると再び客足が戻る。そのサイクルを繰り返すうちに、年間の利益は少しずつ減っていった。

「絶対、いやだ。俺の夢だったんだよ」

売り上げが落ち、このまま店を続けるのは難しい。野呂さんも、薄々は気づいていた。

それでも小町店は、百貨店で学んだことを形にした念願の店であり、一度は大きな成功を見せてくれた“夢の店”だった。どうしても手放したくなかった。

開店から17年目を迎えた頃、家業に関わり始めていた息子が言った。

「僕の分析の結果をはっきり言わせてもらうと、申し訳ないけれど、親父が安心して年の瀬を迎えられることを一番重要に考えた場合、小町店はやめた方がいい」
「絶対、いやだ。俺の夢だったんだよ!」

思わず本音がこぼれた。それでも息子と何度も話し合い、野呂さんは小町店を閉める決断をした。2015年のことだった。

海沿いを走る江ノ電。腰越駅の手前で江の島が見える
筆者撮影
海沿いを走る江ノ電。腰越駅の手前で江の島が見える

3パック48円でも、値下げはしなかった

小町店を閉じた後も、苦しい時期は続いた。デフレの影響で納豆の価格競争はさらに激化し、3パック100円以下の安価なイメージが定着。コロナ禍の後には、3パック48円の商品までが出回るようになった。

一方、鎌倉山納豆は、最も手ごろな商品でも当時は2パックで170円。スーパーの売り場に並べば、価格差は歴然だった。2021年から2022年にかけて売り上げは低迷し、前年対比で30%以上落ち込んだ月もあった。

「こだわりの強い商品が、あまり世間から求められない時期がありました。納豆の価格帯がすごく落ちちゃって、その全盛の頃は本当にきつかったです」

それでも、野呂さんは値下げを選ばなかった。代わりに取り組んだのが、自社商品の強みを見つめ直し、他社との違いを言葉にして伝えることだった。

3日間かけて、納豆を丁寧に仕上げる
筆者撮影
3日間かけて、納豆を丁寧に仕上げる

「ずっとやり続けてきたことは、(鎌倉山納豆の商品が)どこかの会社の何かでお役に立てないかと考え、いろんな人に会いに行って話をすることでした」

商品の価値に共感し、定価で扱ってくれる取引先を探して、一社一社を訪ねた。

「時代の流れに耐えるしかない。でも、そういうときこそ、自分の会社の良いところをもっと引き出し、伸ばすことを考える。そのとき滑稽に思えても、後になって『あのとき動いてよかった』と思うことは必ずあります」

地道な働きかけが実り、特売ではなく、定価で鎌倉山納豆の商品を並べ続けるスーパーも現れた。