成功パターンから外れても生きていける

たとえば「コミュ障」「ひきこもり」「なまけもの」などがその代表格だが、さらに彼が生まれ育った東京・赤羽の団地には、「社会の底辺と呼ばれる人たち」がたくさんいたという。「生活保護の大人」「子ども部屋おじさん」(実家の子ども部屋に暮らす独身中年男性)「ニート」「うつ病の人」などだ。

昨今の若者は「いい大学を出たり、いい企業に入ったりして、働くのが当たり前」だという「成功パターン」から外れると、「もう社会の落伍者になってしまうから死ぬしかない」などと思い込みがちだが、しかしこうした「ダメな人」は「太古からずっといた」のだから、気に病む必要などない。むしろ「ダメをダメとして直視した」うえで、「チャンスを掴む人」になるべきだと彼は言う。

というのもこれまでの日本では、「ダメな人」は「横並び」の体制についていくことができなかったが、しかし昨今では「会社で働けないタイプの人」でも「ひとりで稼ぎ」「ひとりで利益を受け取る」ことが可能になったため、プログラマーやクリエイターとして成功することができる。実際に彼自身も「コミュ障」だったが、「プログラミングという武器がある」ことでうまくいったという。

ラップトップでコードを書くアジアのプログラマー
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時代をとらえた「弱者の生存方法」

だからこそ彼はそうした人たちに、プログラミング思考によるライフハックを勧めるのだろう。マスクやベゾスの名を挙げてはいるものの、彼にとってのその本質は、むしろ「自分の人生は自分で守る時代」の「弱者の生存方法」なのではないだろうか。

こうした見方からすると、デジタル化によって強力に駆動される今日のネオリベラリズムは、決して過酷なだけのものではなく、とくに「ダメな人」にとってはむしろ優しいもの、その「生きづらさ」を減じてくれるものということになる。

たとえ「子ども部屋おじさん」だろうと「ニート」だろうと、ちょっとした副業のノウハウさえつかめばそれなりに稼ぐことができ、社会参加が可能になるからだ。

たとえばさまざまなクラウドソーシング業務のほか、アフィリエイトビジネスから株式投資に至るまで、やり方はいくらでもある。うまくいけばそこから起業したり、デイトレーダーとして一攫千金を狙ったりすることも可能だろう。

そうした可能性に目を向けることで「チャンスを掴む人」になるよう勧めることが、ある種の逆転の発想として、彼の提言のいわば目玉となっているのではないだろうか。