地域でいちばん汚染された都市に

工場が新たに民営化されても、日常生活がそれほど変化するわけではなかった。従業員はただ莫大な量の鋼鉄を製造し続けただけである。

製鉄所が大きいのは必然である。鉄を所定の厚みの板に形成する圧延機から出てくる圧延品は、長さが1キロメートルに及ぶものもある。

高炉で処理される鉄鉱石や石炭の量は膨大であるため、外には大きな丘と見まがうほどに原料を積み上げておく必要がある。

アゾフスタリの生産能力は、そのまま鉄を鍛造するのに欠かせない石炭の量を示しており、それはつまり、マリウポリがその地域でいちばんひどく汚染された都市のひとつになるという意味だった。

スターリンの指令から始まったマグニトゴルスク製鉄所と同じように、街全体が頻繁に鼻を突くようなスモッグで覆われ、国のほかのどの地域よりもがんと呼吸器系疾患を患う人の割合が高くなった。

一方で、アゾフスタリの規模の大きさは、あらゆる種類の予期せぬ副産物を量産するという意味でもあった。

6基の高炉からは大量のスラグ(シリカとカルシウムの豊富な溶融廃棄物)が生み出され、マリウポリ周辺で一種のセメントとして広く利用された。炭素を排出しないコンクリートをつくる手掛かりになりそうなのが、その型破りなセメントである。

世界最大のネオン生産国ウクライナ

巨大な鋼鉄製の転炉は、イングランドのベッセマーが発明した技術の進化形であり、融解した鉄に空気を吹きつける代わりに純酸素を吹き込むため、大量の酸素を消費する。マリウポリに集まった企業は、その過程で発生する排ガスを活用している。

書影
エド・コンウェイ(著)、佐藤優(監訳)『MATERIAL WORLD 世界は「資源」で動かされる』(三笠書房)

偶然にも、ウクライナはネオンサインなどに使われる世界最大のネオンの工業生産国である。ネオンやヘリウムなど地表付近での存在量が非常に少ない希ガスは発光性の看板だけではなく、半導体の製造にも使われる。

だが、何よりもここは鉄の街であるため、たいていの鉄の街と同じように、地元の住民はマリウポリの鋼鉄でつくられた象徴的な建造物の話をするのが好きであった。ウインド・ファーム(風力発電基地)、クルーズ客船、パイプライン、発電所などである。

ロンドンの超高層ビルのザ・シャード、ニューヨーク・マンハッタンのハドソン・ヤード再開発プロジェクト、ウクライナの首都キーウのオリンピック・スタジアム、2018年に崩落したイタリア北西部ジェノバの高架橋の代わりに架けられたサンジョルジョ橋も、すべてにアゾフスタリの鋼鉄が使われていた。

しかし、今はロシア軍がマリウポリに近づきつつあるため、アゾフスタリ製鉄所の総支配人ツキティシュビリは、80年前にナチスが迫ってきたときに彼の先任者がやったまさにそのことをやろうと考えていた。工場の操業を停止しなければならないと思っていたのである。

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