単純な“被害と加害”に分けられない

次々と島民を襲うセイレーンもまた、単純な悪とは言えない。報復は関係のない者にまで及ぶが、仲間を奪われた怒りには理由がある。他方、人魚を食べた側にも切実さはあるが、その愛情は別の生命を奪うことを正当化しない。被害と加害、愛情と暴力、救済と捕食が、きれいに分離されない。

マスコット(左から セイレーン/からいお顔、セイレーン/ふつうのお顔)
©nagano
「ちいかわ」のマスコット(左から セイレーン/からいお顔、セイレーン/ふつうのお顔)、グレイ・パーカー・サービスのプレスリリースより

だから、ちいかわ自身も世界を正しく裁く英雄にはならない。真相に辿り着いたように見えるが、それを口にしない。実際、何を思ったのかも明かされない。ただ、裁ききれない痛みがある現実を前に、立ち止まったように見える。おそらく、それこそが「ちいかわ」を貫く倫理なのだと思う。ただし、その沈黙を単純な優しさや赦しとして受け取るべきではない。物語が明確な裁きを下さなかったということは、判断が宙に浮いたまま残るということだ。その判断は、最後に客席へ残される。

罪と報いの物語は観客に託される

前述の「切れ」が効いてくるのも、ここからだ。エンドクレジット後のあのシーンは、宙吊りに救いを与えない。物語は終わったように見えるが、海を進むセイレーンによって因果だけはまだ動き続けていることが示される。しかも映画は、その先を見せない。報いを予感させながら、正当な罰なのか終わりのない復讐なのかを決めないまま、切る。物語は切れても、因果は切れない。物語が長編になっても、最後には本来の短詩的な余白へ観客をもう一度突き落とす。

これほど観客を突き放す映画が、記録的なヒットを飛ばしている。初日の興行収入は約9億9000万円。最初の3日間で約22億4000万円を記録し、オープニング興収は歴代10位。本稿を書いている公開9日目で40億円、動員270万人を突破した。うまくいけば100億円も視野に入る出足だ。海外展開も始まり、台湾では配給側が先行上映2日間の売上を800万台湾ドル超、新作首位と発表。韓国では9月公開が予定されている。

台湾では6歳未満は鑑賞不可に

ただし、扱いまで同じではない。台湾では6歳未満が鑑賞できない「保護級」に指定された一方、日本の映倫区分は年齢制限のないGだ。同じ映画でも、何を子どもから遠ざけ何を家族の判断に委ねるか、その線引きは国によって異なる。もっとも、理屈で善悪を整理する大人よりも、明るい画面に混じった灰色の異物を子どものほうが直感的に掴むのかもしれない。

『映画ちいかわ』は、かわいいキャラクターによる冒険映画であり、友情の物語であり、質の良いイヤミスのような後味を持つ、「罪と報いの寓話」でもある。ちいさくてかわいいものたちは、世界のすべてを理解しない。それでも食べ、働き、怖がり、友達の手を握って帰ってくる。彼らが帰ったあとも、因果は動き続ける。その小さな生と、外側に残された暗闇を同時に見つめること。それが『映画ちいかわ』を観るということなのだと思う。

大人が肝を冷やす、夏休み映画である。

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