「人魚を食べれば永遠の命が…」

「ちいかわ」において、食事は生きる喜びの中心にある。幸福はたいてい、小さな食卓の周辺にある。だが同時に、食べることは怪異への入口でもある。正体のわからないものを口にし、食べることで身体や運命が変わる。食べる者食べられる者の立場が、突然逆転する。

「人魚を食べれば永遠の命が得られる」という言い伝えも、日本各地の人魚伝承を想起させる。代表的なのが、人魚の肉で年を取らなくなった女性をめぐる八百比丘尼やおびくにの伝説だ。若狭小浜に伝わる代表的な型では、娘はそれが人魚の肉とは知らずに口にする。そこでの不老不死は幸福ではない。自分だけが人間の時間から外れ、周囲に先立たれ、ひとり残される。

福井県小浜市の空印寺にある八洞比丘尼入定
福井県小浜市の空印寺にある八洞比丘尼入定、写真=投稿者KaoLee(写真=CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

『映画ちいかわ』は、この構造を変奏する。本作で人魚の煮付けを食べさせる動機は、大切な相手を救いたいという願いだ。知らずに得た者の代償が孤独なら、奪って得た者の罰は追跡になる。不死とは祝福ではなく、選択から永久に逃れられなくなることだ。なぜ人魚の肉が不死をもたらすのか、その原理は語られない。しかし因果だけは確実に残る。