所有者すら不明の空き家が増えている

右肩上がりの経済は“一億総中流”という、誰もが同じライフスタイルと価値観を共有できた。しかし、バブル崩壊前後からライフスタイルも価値観も多様化した。

“一億総中流”が完全に霧散した21世紀において、古き良き昭和のライフスタイル・価値観は消失し、新たな家族が郊外に位置するニュータンを積極的に選ぼうとする理由は見当たらなくなった。ニュータウンが荒廃してしまうのは、社会環境の変化を考えれば当然の帰結といえるだろう。

ニュータウンの「オールドタウン」化が相次いで指摘されるようになった頃から、生活インフラが維持できない限界集落化したニュータウンも現出する。そうした限界集落化したニュータウンは好事家の間で、「限界ニュータウン」とも呼ばれる。

ニュータウンと同様に限界ニュータウンの定義も明確ではないが、その第一人者でもある吉川祐介氏は限界ニュータウンの訪問をライフワークにし、ブログやYouTubeなどで積極的に情報発信している。

吉川氏のブログやYouTubeなどを視聴すると、かつて引く手数多だった分譲地や住宅は、現在は見る影もなくなっている。引き取り手はおろか所有者すら不明という物件も少なくなく、そうした空き家が社会問題として行政に重い負担としてのしかかる。

生き残るニュータウンと衰退する街の違い

吉川氏が取り上げる限界ニュータウンほど荒廃しているわけではないにしても、高齢化が猛スピードで進展し、近い将来に立ち行かなくなる危険性が高まるニュータウンは数えきれない。そうしたニュータウンのなかには、昭和期に行政が積極的に開発に関与したケースも目立つ。

行政が関与したニュータウン開発は、住宅や公民館やスーパーといった生活関連施設だけではなく、公共交通もセットで整備されることが多かった。いわゆる通勤の足を確保することが、ニュータウン計画における“いろはのい”で、なかでも行政が固執した公共交通は“鉄道”だった。

筆者はニュータウンに付随する鉄道に着目し、探訪に合わせてニュータウンと同時に整備された鉄道路線を全区間にわたって踏破するという酔狂なことにも取り組んでいる。

それらニュータウン用に整備された鉄道を歩いてみると、ニュータウン誕生から半世紀以上が経過した現在において、その明暗は大きく分かれていると感じざるを得ない。その差は何だったのか?

大阪市・鉄道駅の空撮図
写真=iStock.com/Pattikky
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