30年間、少子化に取り組んできた

私は30年近くにわたって少子化問題や保育政策を研究してきました。きっかけは、自分がそうした課題に直面したからです。

30歳で妊娠したとき、当時の環境では仕事を辞めざるを得なくて本当に悔しい思いをしました。周囲は「おめでとう、いいお母さんになってね」と祝福してくれましたが、私自身は「仕事を辞めたくなんかない」「ここで家庭に入ったら次のキャリアはない」という思いでいっぱいでした。

第1子出産直後、アメリカに留学

そこで夫と話し合い、夫婦でアメリカのビジネススクール(MBA取得のための経営学部大学院)に入学することにしました。息子を連れて渡米したのは出産の半年後ぐらい。授業に出ながらの育児には苦労もありましたが、当時は今ここでがんばらないと私の一生が変わってしまうと思っていましたから。

前田正子さん
前田正子さん(撮影=プレジデントオンライン編集部)

実際、留学では大きな収穫を得ることができました。スクールには世界中からいろいろなバックボーンを持った学生が来ていて、ときには各国の子育て事情や支援制度、女性のライフデザインなどについて話し合うこともありました。

その中で私が日本の現状を話したら、「世界で一番不幸なのは日本の女性だね」って言われたんです。「勉強して能力を磨いて仕事に就いても、家事育児は全部妻がやらなきゃいけないんでしょ? マサコ、日本に帰るのやめなよ」って(笑)。

もちろんどの国の制度にもそれぞれ長所短所があって、デンマークとアメリカの学生がどちらの制度がベストかで論争していたこともありました。私はそれを見ながら、ふと「じゃあ日本はこれからどうなっていくんだろう」と思ったんです。そして、帰国したらこれを自身の研究テーマにしようと決めました。

少子化対策の現場でも母親に負担が

帰国後は運よくシンクタンクに就職することができ、そこで少子化や子育て支援に関する研究を始めました。当時は合計特殊出生率が過去最低の1.57を記録し、国が初めて少子化対策に乗り出そうとしていた時期でした。厚生省では仕事と子育ての両立支援や保育サービスの拡充などを含めた「エンゼルプラン」をつくろうとしていて、私も政府の委員会に呼ばれてアメリカの保育制度の話や、日本でも保育園探しで苦労したことなどをさせてもらいました。

しかし、私自身の勤め先でも、まだ育児をしながら働く女性は圧倒的に少数。職場でも厚労省の会議でも周りはおじさんばかり。しばらくは子どもがいるから、早く帰らないといけないと言い出しにくくて、保育園にお迎えに行くために嘘をついて早く帰ったり、黙って長引く会議を抜け出してしまい、叱責されたりしたこともあります。

毎日切羽詰まっていて、どうすれば良いのかまともな判断もできなかったんですね。