歴史学の成果を無視した発言
それでも皇室に嫁いだ女性は、いくら周囲が気を遣っても、子供を産まなければならないというプレッシャーを受けるに違いない。しかも男子を生むことが事実上の責務だとなれば、プレッシャーの強さは想像に余りある。一般社会に生きるのとくらべて、比較にならないほどの重圧をかかえる道であり、そんな道を率先して選ぶ女性が現れるのだろうか、と大いに心配になる。
しかし、男系男子による皇位継承が、その支持者が訴えるように、日本の歴史や伝統の根幹を支えるものであるなら、ギリギリまでそれを守ることに意味があるだろう。実際、男系男子にこだわる論客は、国民が愛子天皇を支持するのは「皇位継承の本質が理解されていないから」だと訴えるが、男系男子は本当に皇位継承の本質なのだろうか。
高市総理は今年4月の自民党大会で、「126代にわたって、男系で皇統が継承されてきたという世界でも比類がない歴史的事実こそが、天皇の権威と正統性の源だと考えております」と述べた。これは歴史学の成果をまったく無視した発言である。
初代とされる神武天皇は実在しなかったというのが定説だが、それだけではない。そもそも第15代の応神天皇より以前は、神話や伝説である可能性が高いと考えられ、考古学的に実在が確認できるのは、第21代の雄略天皇以降である。現在の皇室の起点とされるのは第26代の継体天皇だが、その当時はまだ、即位にあたって血縁より実力が優先されたと考えられており、血縁による皇位継承の傾向が定まったのは、第34代の舒明天皇からだとされる。
つまり、高市総理が主張する「天皇の権威と正当性の源」は、歴史学の観点からは否定されてしまうのである。
明治時代につくられた「男系男子による万世一系」
歴史学の成果を尊重するか否かは個人の自由だろう。しかし、行政の最高責任者たる内閣総理大臣が、自国の学問の成果を無視して、「126代にわたって、男系で皇統が継承されてきた」のが「歴史的事実」だと断定してしまうことには、大きな問題がある。
これでは、神話を歴史的事実と偽って教えた戦前の歴史教育と変わらない。学問的な成果への国民の目をふさがせたまま、議論を避けて法律をあらためようという姿勢は、非常に危険だといわざるをえない。
そもそも男系男子による皇位継承は、日本史上で長く意識されてきたものではない。皇位は男系男子が継承するとはじめて明文化したのは、明治22年(1889)に交付された皇室典範で、「男系男子」という言葉自体、そのころはじめて使われている。「万世一系」という言葉も、慶応3年(1867)10月に、岩倉具視が「王政復古議」でなかで言い出したにすぎない。
この時代に、こうした言葉が使われるようになった理由は明白だ。薩摩と長州の出身者を中心とする明治維新の先導者たちは、権威がまったくない自分たちの権力を正当化するために、天皇の権威を利用した。さらには、天皇の権威を政治的な次元から超越させ、だれも手が届かない次元から、藩閥政治家たちに正統性をあたえてもらうために、皇室典範を制定し、日本の天皇の血統は「男系男子」による「万世一系」だと強調したのである。
