『織田信忠――天下人の嫡男』 #日本史 #織田 信忠 #書籍抜粋 2026/07/12 11:00 #1 #2 本能寺の変後、落ちのびられたのに…明智の家臣を斬りまくり26歳で切腹した「信長の嫡男」の最期 PRESIDENT Online 和田 裕弘 +フォロー 戦国史研究家 前ページ 1 2 3 4 ここから先は無料会員限定です。無料会員登録で今すぐ全文が読めます。 今すぐ無料会員登録 プレジデントオンライン無料会員の4つの特典 30秒で世の中の話題と動きがチェックできる限定メルマガ配信 約5万本の無料会員記事が閲覧可能 記事を印刷して資料やアーカイブとして利用可能 記事をブックマーク可能 ログインして続きを読む 検索時にプレジデントオンラインに関連する記事が表示されます 【関連記事】 信長が20~30人の小姓だけで本能寺に出向いた理由…「無防備」でも「油断」でもない、発掘調査が示す意外な史実 やっぱり信澄は無実だった…本能寺の変で「信長の甥」が明智光秀と共謀したとは言えないこれだけの根拠 NHK大河では信長に愛され、秀吉が絶賛した好青年だが…本能寺の直後に噂のせいで味方に討たれた織田家の武将 「秀吉と一緒になるのがイヤ」ではない…お市の方が柴田勝家との自害を選んだ"現代人には理解できない"理由 「本当のお金持ち」はポルシェやフェラーリには乗っていない…FPが実際に目にした「富裕層のクルマ」の真実 1 2 3 4 和田 裕弘(わだ・やすひろ) 戦国史研究家 1962年、奈良県生まれ。織豊期研究会会員。著書に『織田信長の家臣団―派閥と人間関係』『信長公記―戦国覇者の一級史料』『織田信忠―天下人の嫡男』『天正伊賀の乱』(いずれも中公新書)などがある。 <この著者の他の記事> やっぱり秀吉には"忠実な弟"が必要だった…秀長が勝家軍に攻め込まれても賤ヶ岳の前線を動かなかったワケ 関連記事 信長が20~30人の小姓だけで本能寺に出向いた理由…「無防備」でも「油断」でもない、発掘調査が示す意外な史実 やっぱり信澄は無実だった…本能寺の変で「信長の甥」が明智光秀と共謀したとは言えないこれだけの根拠 NHK大河では信長に愛され、秀吉が絶賛した好青年だが…本能寺の直後に噂のせいで味方に討たれた織田家の武将 ランキング 1位 同窓会で最も気を使うべきは「ジャケットのインナー」…間違えると10歳老けてみえる「一発アウト」の着こなし ランキングをもっと見る 社会 #日本史 #織田 信忠 #書籍抜粋