上司や部下、ご近所さん、毎日顔を合わせる配偶者――。私たちの周りには、なぜか一定数「困った人」がいる。厄介なのは、彼らの不機嫌やわがままに振り回され、こちらの機嫌まで損なわれてしまうことだ。だが、相手と戦う必要も、変える必要もない。身近な困った人から自由になる方法とは。

「ピリピリ上司」はすでに絶滅危惧種

私が『不機嫌な職場』という本を出したのは2008年のこと。当時の職場には、確かにイライラ、ピリピリしている上司がいました。そういう人が職場の空気をつくり、なんとなくギスギスする、雰囲気が悪くなる。そんな現象があちこちで起きていました。

高橋克徳さん
高橋克徳 Katsunori Takahashi
ジェイフィール代表、武蔵野大学経営学部特任教授。「感情とつながりを再生し、良い感情の連鎖を起こす」ための組織づくり、人づくりを専門としている。『不機嫌な職場』(共著、講談社)、『静かに分断する職場』(単著、Discover21)など著書多数。

それから18年。この間にはコロナ禍もあり、そんな「職場の風景」は一変しました。あの頃の「ピリピリ上司」は、いまや絶滅危惧種と言ってもいいほど見なくなったのです。

いまの上司はピリピリどころか、むしろ萎縮して、落ち込んでしまっているような人のほうがずっと多いです。少しでも強く注意しようものなら「それ、パワハラですよね」と返される。言ってくれるならまだいいほうかもしれません。上司より上の役員や人事部に「あの人にパワハラされました」なんて言われたら、自分の評価にも響く可能性があります。イライラした態度なんて、とても外に出せる時代ではなくなったのです。

そうなると、部下への不満や言いたいことはぐっとのみこんで、自分の中にためこんでいくことになります。表面上は穏やかに見えるけれど、内側ではモヤモヤやイライラした気持ちが渦巻いている。これがいまの職場の「不機嫌の正体」だと私は見ています。

一方、部下に増えているのが、自分と周囲の間にすっと一本の線を引く「線引き社員」です。自分のペースで仕事を進めることを大切にしていて、周りと常に一定の距離を保っている。人の領分には踏み込まない代わりに、自分の領分にも踏み込ませない。結果として、「何を考えているのかわからない部下」と、そんな部下に「どう向き合えばいいのかわからない上司」という組み合わせが急増しています。

具体例を挙げましょう。営業職なのに「定時になったら社用スマホは電源を切り、ロッカーにしまって帰ります」と宣言した若手がいました。営業ですから、クライアントからの急な連絡や要望が夜に来ることもあります。上司は正直イラっとして、「君は営業なんだから。困るよ」と伝えたのですが、本人は「私は『残業はしない主義』なので……」と譲らないという話でした。

「出張を断られる」ケースもあります。といっても、宿泊するような出張ではありません。「日帰りでお願いしたい」という頼みなのに、「家庭の事情があるので無理です」と断られる。聞くと、共働きで育児しており、保育園の送迎が自分の分担だから出張はできないというのです。上司としては「そこは奥さんと調整してくれないかな」と言いたいのですが、家庭の問題に踏み込むのかと言われたら何も言えません。

また、出社回帰の流れの中で「みんなで顔を合わせて働こう」と声をかけているのに、自部署のワークスペースには寄り付かず、共有のフリースペースでずっと仕事をしている人もいるというのです。声をかけても、「私は共有スペースのほうが集中できるし、効率的に仕事ができるので」と言われてしまう。「それでは出社して一緒に働く意味がないでしょ」と言いたいけれども、強制もできない。自分の常識とは違う反応、行動に戸惑い、どう向き合えばいいのかわからなくて悩む上司に、本当によく出会います。

職場の「不機嫌」の質はこう変わった

下からは距離を置かれ上から圧を受ける管理職

上の世代としては、会社という場では多少の無理は引き受けるのが当たり前、お客様のために責任を持つのは当然、という感覚があるでしょう。でも、いまはそれが通じない。「早く帰るのは権利でしょう」と言われてしまえば、たしかに制度上はその通りだからです。

結果として、あらゆる不満や負担をため込むのは、こうした若手を部下にもつ上司――つまり、いまの中間管理職です。強く言えばパワハラになる。かといって、放っておけば仕事が回らない。そこで多くの上司は「仕事を自分で抱え込む」という選択をします。あるいは、頼みやすい独身の社員などに仕事を集中させてしまう。しかし今度はその人が「なぜ自分ばかり」と疲弊することになる。責任と負担がたらい回しになって、最後はまた上司のところに戻ってくるのです。

(構成=本誌編集部)