鬱屈としていたのに、散歩したら突然「まあいいか」と思えた――。そんな体験をしたことはないだろうか。数多くの論文から「歩くことは心によい効果をもたらす」のファクトにたどり着いた医師がそのメカニズムを解説する。

1日1万歩。それが普段私の歩いている歩数であり、みなさんに勧めている健康習慣です。

私は呼吸器内科医で、かつては週に数回プールで泳いだり、話題になった暗闇ボクシングで汗をかいて楽しんだりしていました。ところが、2020年初頭からのコロナ禍によってクリニックを訪れる患者さんが激増し、毎日12時間は診察室にいるような生活になったのです。密集を避けるため、プールやジムへ通うのも難しくなってしまいました。

大谷義夫さん
大谷義夫 Yoshio Otani
医師・医学博士。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本アレルギー学会専門医・指導医、日本内科学会総合内科専門医。1989年群馬大学医学部卒業。九段坂病院内科医長、東京医科歯科大学呼吸器内科医局長、米国ミシガン大学留学などを経て、2009年に池袋大谷クリニックを開院。著書に『1日1万歩を続けなさい 医者が教える医学的に正しいウォーキング』など。

そこでランニングを始めたところ、50代後半という年齢もあってか、苦しくてなかなか続きません。これは歩くしかないかな……と思ったのが最初のきっかけでした。今振り返ると、選んだ理由は若干消極的だったかもしれません。しかし始めてみると実に快適で、驚くべき効果がありました。数カ月経つと体重が減少。さらに血圧やコレステロールなどメタボ系の数値も下がり、夜はよく眠れるようになり、といいことずくめだったのです。

「なぜ歩くのは体にいいのか?」――そんな探求心が芽生え、国内外の論文をたくさん読み込むようになりました。すると、ウォーキングには肥満や病気を遠ざける効果はもちろん、メンタルや脳にも素晴らしい影響をもたらす科学的なエビデンスがあることを理解したのです。

診療が多い医者は基本的に座り仕事ですが、ウォーキングの第一義は、座っている時間を減らすことにあります。日本は「座りっぱなしの国ワースト1」として有名です。オーストラリアのシドニー大学の研究によると、日本の成人は1日平均7時間、多い人だと10時間も座っているそうです。

「日中座っている時間が長いほど、死亡リスクが高まる」というデータがあります。京都府立医科大学の大学院が6万人を対象に行った調査では、「座っている時間が2時間増えるごとに、死亡リスクは15%増加する」ことがわかりました。恐ろしいことに生活習慣病の持ち主の場合、死亡リスクがさらに上がります。糖尿病で27%、高血圧症で20%、脂質異常症で18%も上がるのです。

私がウォーキングの習慣として決めているのは、食後に歩くことです。以前にやっていた暗闇ボクシングは空腹でなければ取り組めないので、夜にトレーニングした後は腹ペコになり、遅い時間にたくさん食べて数時間後には寝ていました。健康にいいわけがありません。

食後に激しい運動をすることはできませんが、歩くことならできます。しかも食べてから歩けば、高血糖を予防できます。食後に血糖値が急激に上がり、急激に下がる状態を「血糖値スパイク」と呼び、急激な眠気やイライラを引き起こすだけでなく、放置すると心臓や脳の病気につながります。

そこで朝昼晩の食後に短時間のウォーキングをすれば、余分な糖を消費できるため、血糖値を安定させる効果が期待できます。後述しますが、私は細切れのウォーキングを心がけており、それが血糖値を下げるのに有効であることは、ジョージ・ワシントン大学の研究で明らかになっています。この調査によれば、まとめて歩くよりも各食後に短時間のウォーキングを行うほうが、食後3時間の血糖値を低下させるとわかったのです。

ウォーキングが習慣になってからは、夜にぐっすり眠れるようにもなりました。これにもデータの裏付けがあります。ブラジルのゴイアス連邦大学の研究によると、慢性不眠症で運動不足の患者21人がウォーキングを4カ月続けたところ、睡眠レベルが向上して抑うつ状態が改善され、ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールの減少が認められました。睡眠時間が増えることによってストレスが減り、ウォーキングによってストレスホルモンも減少。そのような好影響が重なった結果だと思います。

(構成=石井謙一郎)