「自転車で通える大学」から東大に進路変更

私は小学4年のときに父が交通事故で亡くなり、母子家庭になったので、母が見つけた奨学金を2つもらいながら、横浜のフェリス女学院という私立中高一貫校に通いました。

父が亡くなった時点で母は、私が中学受験のために通っていた塾をやめさせようと考えたそうです。しかし、塾の先生方が「本当に惜しい!」と言ってくださったことに心を動かされ「セーラー服の私立女子校に行きたい」という私の願いを叶えてあげようと思ったそうです。

屋外で制服を着て微笑むアジアの女子高校生
写真=iStock.com/maruco
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そして「自分が働いている間の学童代わりと思えばちょうどいいか、何とかなるだろう」と、母が楽天的に決断してくれたおかげで、結局私はそのまま塾に通い、中学受験をさせてもらいました。

「大学はできれば国公立に行ってほしいなぁ」と母から言われていたので、高3の夏くらいまでは、家から自転車で行ける横浜市立大学を目指していました。

でも、夏休み明けに友だちから「センター試験+英語と論文」だけで受けられる東大の後期試験の存在を聞き、「それなら東大に受かる可能性もあるかもしれない」と思いました。

そして「もし東大に受かったら、宮崎にいるおばあちゃんが喜んでくれるかもしれない」とも。

「ずるい受験勉強」で東大に一発合格

祖母は2023年末に100歳で亡くなったのですが、私はその祖母が大好きでした。私たちが遠く離れた横浜で暮らしていたこともあり、祖母はいつも気にかけ、心配してくれていました。

父が亡くなる前は、毎年のように宮崎へ里帰りしていたのですが、父の死後、開業したばかりの珈琲豆自家焙煎店を母が継ぎ、毎日店に立つようになったため、長い休みを取ることが難しくなりました。そうして、祖母に会う機会も次第に減っていったのです。

私の母は宮崎の商業高校卒です。高校ではトップの成績だったそうですが、3人兄弟の真ん中で、父親が病気がちだったので、高校を出てすぐ働き始め、家計を助けることにしたそうです。

祖母は私がフェリスに合格したことをとても喜んでくれて、フェリスの大学の先生がテレビに出ているのを観て、その感想を教えてくれたりしていました。もしかしたら、優秀だった母を大学に入れてあげられなかった分、私には良い教育を受けてほしいと思っているのかもしれないな、と高校の頃には思うようになっていました。

そんなわけで、私の東大受験のモチベーションはただ1つ、「おばあちゃんを喜ばせる」だったのです。そして、長年の研究成果を発揮して、ラクして成果を出す「ずるい受験勉強」で東大に一発合格しました。