母の死に直面して、思い直したこと
未だに私はこの井上さんの考え方に賛同できない部分はありますが、ただ、死に向かう人の身になってみれば、そして何よりその姿を見送る家族や友人の気持、すなわち最もつらい二人称の死に直面する人たちの気持を想像してみれば、もしかすると「余命」を宣告されることは、理想的な死であるのかもしれないと思い直しました。
母の死に直面したとき、ささやかながらそんなことを思いました。
母が亡くなる5年前に父は他界しました。そのときすでに94歳で、高齢者病院に入っていたので、突然の死というわけではなかったのですが、父の危篤の知らせを受けたとき、私は仕事があってすぐに駆けつけることができませんでした。仕事を終えて急いで病院へ向かったのですが、臨終には間に合いませんでした。
すでに心臓は止まっていましたが、触るとまだ温かい。もしかしてまだ聴覚は生きているのではないかと思い、
「お父ちゃん! 印税、30万円入ったよ!」
と、顔を近づけて大声で叫んでみたのです。というのも、その数日前に、珍しく父の文庫本が増刷になったという知らせを受けて、父に伝えたところだったからです。
父の亡骸を前に「印税額」を叫んだ
「いくら入った?」
父はけっこうギャラに関心の高い人でした。私が「講演をした」と報告すると、
「ほう、どんな話をしたんだ?」
と問うのが普通の親だと思うのですが、父は違いました。たいがい、
「いくらだった?」
と聞くのです。なんのこっちゃ。まあ、娘がちゃんと生計を立てられているのかと案ずる親心も含まれていたのでしょう。と、解釈しておきます。
とにかく亡くなる数日前、増刷で入る印税の額は知らなかったので、「あとで調べておきます」と返答し、次の見舞いのときにでも伝えようと思っていたのです。そうしたら死んじゃった。
しまった、言いそびれた。でも、人間は最期まで耳は聞こえるという話を聞いたことがあったので、父の亡骸を前にして大声で叫んでみたのです。金額を聞いて喜んで生き返るかもしれない。しかし、振り込まれた額を報告しても、生き返ることはありませんでした。
だからというわけではないけれど、父が死んだ現実を前にして、そのときは涙が溢れた覚えがあります。
ところがその5年後に母が亡くなったとき、私は泣かなかったのです。母も父が最期を迎えたと同じ、よみうりランド慶友病院に入院しておりました。コロナ禍の最中であったにもかかわらず、「もう最後の面会になるかも」ということで、特別に母の病室に入れてもらうことができました。

