日本に「独裁者」が生まれにくい理由
資源の呪いのもう一つの、そしてより深刻な側面は、政治体制への影響です。資源国では、高確率で「独裁」や「強権的な政治」が生まれます。
なぜでしょうか? その答えは「税金」の仕組みにあります。
日本やアメリカのような「資源のない国」の政府を想像してください。
政府がお金を使うためには、国民や企業から税金を集める必要があります。国民に税金を払ってもらうためには、国民に働いてもらい、豊かになってもらわなければなりません。
また、国民は「税金を払っているのだから、政治に口を出させろ(代表を送らせろ)」と主張します。つまり、「資源のない国」の支配者は、必然的に国民を大切にし、民主主義的なプロセスを受け入れざるを得ない構造になっています。
しかし、資源国の支配者は違います。彼らの収入源は、国民からの税金ではありません。大地から湧き出る「石油」です。石油施設さえ軍隊でがっちりと守っておけば、莫大な富が手に入ります。国民が働かなくても、貧しくても、支配者の懐は痛みません。むしろ、国民が賢くなって政治に口を出してくるのは邪魔なだけです。
「代表なくして課税なし」
という民主主義の格言がありますが、資源国ではこれが逆転します。
「課税なし、ゆえに代表もなし」です。
政府は国民に課税する必要がない代わりに、国民の声を聞く必要もない。その結果、富は一部の特権階級に集中し、それを守るための秘密警察や軍隊が肥大化し、アラブ諸国の王族のような強権的なリーダーが君臨し続けることになるのです。
「人間こそが唯一の資源である」
日本、スイス、シンガポールといった、資源を持たない地理的に「貧しい」はずの国々が、なぜ今日、世界で最も豊かで自由な国になれたのか。
それは、彼らが「人間こそが唯一の資源である」と覚悟を決めざるを得なかったからです。土地を掘っても何も出てこないから、人の頭脳を掘り下げるしかなかった。教育に投資し、技術を磨き、法制度を整えて、人が働きやすい環境を作るしかなかった。その、数百年におよぶ「地理的欠乏に対する工夫」の蓄積こそが、真の国富だったのです。
一方、資源国は、その努力をする必要がありませんでした。資源が豊かすぎたがゆえに、人間を育てることを怠ってしまった。「地理」は時に残酷です。恵まれた環境が人を堕落させ、過酷な環境が人を進化させる。
ビジネスにおいて、あえて厳しい環境(競合の多い市場や、制約の多い場所)に身を置くことが、長期的には最強の生存戦略になるかもしれない。資源の呪いは、そんな教訓を私たちに突きつけています。



