差別のない社会になるほど格差が広がる
アメリカは日本よりもはるかにリベラルな社会で、人種、国籍、性別、性的指向などの属性によって採用や昇進・昇給を決めることは許されません。
そうなると評価の基準は本人の努力によって獲得できる(とされている)もの、すなわち「学歴・資格・実績」というメリット(数値化可能な人的資本)のみになります。これが「メリトクラシー」で、差別のない社会を目指すリベラルの大原則です。
ところがこれを徹底すると、大卒と非大卒のあいだで学歴による格差が広がっていきます。日本もさまざまな社会調査で、大卒と非大卒で社会が分断されていることが示されていますが、アメリカはこれがさらに顕著で、大卒の生涯収入は非大卒の2倍にもなります(日本は1.3倍程度)。
アメリカ社会で経済的に成功するためには大卒の学歴が必要で、大学卒業生の約6割が学生ローンを抱えており、その平均負債額は3万ドル(約480万円)にもなります。もちろん学士号がそれ以上の富を生めばいいのですが、需要と供給の法則によって、たくさんあるもの(大学卒業生)の価値は下がっていきます。
大卒の数が増えたからといって、それに合わせてウォール街のトレーダーや、シリコンバレーのエンジニアの求職者数が増えるわけではありません。よい仕事の数は限られており、いまでは学士号を取得しただけでは相手にされず、修士や博士をもっていないと面接にすら進めないといいます。
新しいトレンドは「ブルーカラービリオネア」
歴史物理学者のピーター・ターチンは、「挫折したエリート志願者」あるいは「有資格者のプレカリアート」が大量に生み出され、「急進的なカウンターエリート」となってアメリカ社会を動揺させることになると論じました(『エリート過剰生産が国家を滅ぼす』濱野大道訳/早川書房)。
アメリカでは全体の失業率が4%ほどなのに、大卒前後の20~24歳では9.2%まで上昇し、これまでホワイトカラーがやっていた日常業務をAIが代替するようになったからではないかといわれています。もしこれが事実なら、「中途半端な高学歴」の苦境はさらに深まるでしょう。
「ブルーカラービリオネア」は、ホワイトカラーがAIに代替されない仕事を目指して職業訓練学校に入学し、自ら望んで高収入のブルーカラーになることをいいます。
カリフォルニア大学バークレー校などで学び、会計士として働いていた40代の男性は、5年ほど職業訓練学校に通って配管工に転身し、月に1万2000ドル(約190万円)を稼いで、収入は会計士時代の3倍になったといいます(「米国、会計士から配管工で給与3倍の幸福度 『AIで雇用創出は望み薄』」日本経済新聞2025年12月3日)。
これは興味深い現象ですが、ブルーカラーの仕事は医師や弁護士などの専門職と比べて参入へのハードルが低く、大卒者が小さな業界に殺到すれば、いずれ収入は減っていくでしょう。


