「鈴木イズム」を植え付けられた「一撃」
それは、野田氏が400万円の稟議を起案したときのことだった。「鈴木会長・要説明」の付箋のついた稟議書が差し戻されてきた。会長に直接説明しろということだ。400万円はゾーンマネジャーが扱う案件としてはさほど大きくない。それまでにも、もっと金額の大きい稟議が、すんなり通っていた。しかも、一介の新任ゾーンマネジャーが鈴木会長に直接説明することも珍しい。野田氏は恐る恐る会長室を訪ねて、来意を告げた。鈴木会長は稟議書を一瞥してからいきなり……。
「君は、400万円の利益を稼ぐために、どれぐらいの売り上げが必要か、わかっているのか! こんなもん、ダメに決まってるだろう!」
そう言って野田氏を怒鳴りつけた鈴木氏は、稟議書を自身のデスクの上に叩きつけた。添付資料の付いた数十枚にわたる分厚い稟議書は、勢い余って野田氏の胸に飛んできた。
「なぜ承認してもらえなかったのか、分かりませんでした。でも、加盟店や取引先にはすでに約束していた案件なので、私も引くわけにはいきませんでした」
その場はいったん退散し、後日、説得材料を整えてから再訪したが、それでも却下。3度目に会長室を訪れたとき、「そこまで言うなら、わかった」と、やっと承認印を押してくれた。
後年、野田氏は鈴木会長に「あのとき、なぜ却下されたのか?」を質問した。鈴木会長はもちろん覚えていなかったが、野田氏にこう語ってくれた。
「ほとんどの奴は一度怒鳴られたら、諦めてもう来なくなる。その程度の稟議だったということだ。本当に必要な稟議なら、逃げずにやって来るはずだ。君は、本当にやりたいと思ったから、何度怒られながらも持ってきたんだろう。だから僕は承認したんだと思う」
後の野田氏の仕事哲学に、大きな影響を与えた鈴木イズムの「一撃」だった。
恵方巻ブームに自らブレーキを踏んだ
野田氏はその後、役員に昇格。セブン‐イレブン・インク(米国)のExecutive Vice President=EVP(日本では副社長格)、セブン‐イレブン・ジャパン(日本)オペレーション本部長、専務、副社長と、出世の階段を駆け上がった。誰の目にも、社長昇格は時間の問題だった。だが一方で、野田氏は会社を取り巻く環境が、かつてない変化に晒されていることを感じていた。
そう言えば、野田氏がオペレーション本部長の頃、自身が仕掛け人だった恵方巻は店頭販売がエスカレートし、見込みで大量発注し、大量に余ってしまうため、フードロス問題が取り沙汰されるようになっていた。野田氏は見込み発注をしている加盟店の実態を踏まえ、実際に予約を申し込んだお客様の数だけを発注するよう徹底。「フードロス8割削減」という方針を出した。結果的にフードロスは75%削減されたが、ブームを作った張本人が恵方巻拡販のブレーキを踏むという皮肉な結末だった。売り上げを伸ばそうと思っても、フルスイングできない時代に入っていったのである。それでも、社内には野田氏の号令であれば納得するという空気が漂っていた。ところがである。
周囲の期待とは裏腹に、会社の思惑と本人の想いとの間に微妙なズレが生じ始めていた。思い返すとあれはきっと2016年からだ。野田氏は、セブン‐イレブンという巨大組織の経営の大きなうねりの中へと巻き込まれていった。

