「悪いときは一点突破しかない」
もちろん、野田氏は恵方巻だけをやっていたのではない。その総合的なリーダーシップとマネジメント手腕が高く評価されていた。だから、広島、福山、山口の地区責任者(DM)を務め、次々と売り上げを改善していった。ゾーンマネジャー(ZM・ゾーン統括責任者)への昇格も、もはや誰も驚かなかった。当時の野田氏には活力が漲っており、やり遂げた仕事が正しく評価される組織を、あたかも楽しんでいるかのようだった。
野田氏はこう振り返る。
「僕はいつも数字の悪いエリアばかり任されます。もう慣れていましたね。でも、どこへ行こうが“政策は3つ以上出さない”と決めていました。若い頃から“ランチェスターの法則”を勉強して、『悪いときは一点突破しかない』と考えていたからです。一点突破して成功体験をつくり、自信を持たせてから他の施策へ広げていく。これが僕の常套手段でした」
中でも野田氏が西東京ゾーンを任された当時、エリアの加盟店は約1000店。全国15(当時)ゾーンの中でも特別だった。鈴木会長の自宅がある、まさにお膝元。鈴木会長がつねに眼を光らせ、店に立ち寄っては「機会ロスが多い。だから成績が悪いんだ」と“有難い”指導が飛んでくる。「地道に改善していきます」などと悠長なことは言っていられず、成績が悪いと鈴木氏は、すぐにゾーンマネジャーの首を挿げ替えた。野田氏はそうして前任者が外されたあとの後釜だったのである。
ところが、着任した翌月には、西東京ゾーンは売上前年比を全国最下位からなんと2位に浮上させた。まさに奇跡の改善だった。野田氏は「ツイていた」と謙遜するが、たしかな理由があったことを筆者は知っている。
野田氏の真骨頂は突破力である。ゾーンマネジャーになって間もない頃、鈴木会長からこっぴどく「ぶっ飛ばされた」ことがあった。それが、野田氏に突破力(鈴木イズム)を植え付ける契機になった。
