島倉のギャラ約9億円を細木がネコババ

このころ島倉はヒット曲に恵まれなかったが、それでも公演をすれば日建て500万円は取れる歌手だった。美空ひばりに次ぐ位置を島倉は占めていたのだ。

島倉千代子を古くから知る芸能プロの幹部が細木の実入りを概算する。

「3年間にはテレビ出演もあったでしょうが、テレビは衣装代などでよくてトントン、普通は持ち出しですから、勘定に入れなくていい。

稼ぎは地方巡業がメインですけど、月10〜12日稼働できる程度でしょう。島倉は楽団込みのパッケージじゃなかったから、移動が楽で、もう少し稼げる日があったかもしれない。

仮に月13日とすれば、年間156日稼げた計算になる。

当時の1日(1回分)のギャラは300万〜400万円程度です。中を取って当時のギャラを350万円とすれば、年間5億4600万円ですよ。

この間、細木は月に50万円しか島倉に渡していなかったから、まあ税金を払っていたにしろ、年に3億円は自分の懐に入れていたでしょう」

それが3年間だと9億円になる。

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写真=iStock.com/studiocasper
年に3億円は自分の懐に入れていた(※写真はイメージです)

タダ働きさせるためのウソ

他方、島倉が守屋の倒産で抱え込んだ借金はいかほどだったのか。

コロムビアレコードの関係者が言う。

「細木は島倉の借金は12億円なんて一時期吹聴してましたが、とんでもない話です。最初の話では4000万円、それが8000万円、1億円になり、3億円になった。たかが眼科医の守屋が12億円なんて借金できるわけがない。全部細木が島倉をタダ働きさせるためのウソですよ」

細木自身は島倉の負債額について2億4000万円、4億3000万円、16億円、13億円、12億円と、その時々で言い値を変えている。

債権者に納得させたという返済額も1億5000万円、6億円、4億数千万円、4億3000万円、2億4000万円と、その時々で金額を変え、どれが真実の数字なのか判然としない。

前出コロムビアの関係者はせいぜい1億5000万円がいいところと推定できると断言する。

「債権者会議を仕切ったのは堀尾昌志で、そのとき倒産整理屋に仕立てたのは堀尾の後、新宿のシマを譲った小金井一家新宿東初代組長の矢島武信だった。返したのは債務額のよくて3割、1億5000万円ぐらいで全部話をつけたんじゃないか。倒産の場合、返済額は平均1割以下だから、堀尾による3割の戻しでも、債権者にとっては上出来です」