見つけた爪の跡
いつも通り、羅臼町の入り口にあるシュンカリコタン川の林道から山に入っていく。このあたりは知床半島の先端部と違い、3キロほど山に分け入ると意外と平坦になっている。
そこから羅臼町先端部に向かって進み、沢をひとつ越えるとちょうど高嶋の家の裏を流れている沢に出る。そこから1時間ちょっとスキーで歩いていく。
4月とはいえ、道東の春は遅く、沢筋は積雪している。
高嶋の家から約1キロ上流で赤石は、探していたものを見つけた。爪の跡も肉球の跡も真新しい大きな足跡である。今年もまた同じ場所に来ていたのだ。
「よし、今日こそ仕留めてやる」
いつもの居場所から足跡が向かった方向を推測し、沢から一気に稜線へと上がる。ヒグマが向かう方向を目がけて一気に進んでいく。
この日、赤石には同行者がいた。銃を持って間もない渡部光博である。中標津警察署に勤務しながら猟銃の所持許可を取り、この春が初めての春グマ猟だった。
春グマ猟では、羆撃ちの技術もさることながら、登山の技術が不可欠だ。それも険しさでは本州の3000メートル級の山に匹敵するといわれている知床連山を踏破していかねばならない。
生い茂るハイマツをかき分けて、ようやく、尾根筋に抜け出した所で小休止した。背負ってきたリュックから水筒を取り出し、一気に飲み干す。
ヒグマの息遣いが聞こえ…
その時だった。
いま上ってきたハイマツのほうから「フーッ、フーッ」という音が聞こえた。赤石たちのいる背後、20メートルほどの所だ。慌てて後ろを振り返るとヒグマの背中がハイマツの中に見えた。
いつの間にか、追っていたヒグマを追い越してしまっていたのである。急いでウェザビー300を構えた赤石は、ヒグマのバイタルポイントである前胸部を狙って第一射を放つ。
といっても、ヒグマはハイマツに隠れていたので、はっきり見えたわけではない。見えていたヒグマの体の一部から、その体勢を予測して、撃ったのである。
確かに手ごたえはあったが、ヒグマは、ハイマツの中を上ってくる。が、さすがにその動きはやや鈍い。さらに5発の弾倉が空になるまで撃ったが、ヒグマはまだ動いている。
弾倉に弾を入れ、ヒグマの頭がハイマツの中から出たところで6射目を首に撃ち込んだ。
ヒグマはようやく動きを止めた。
軽く見積もっても、体重は300キロを超えているだろう。近くの山に入っていた仲間と無線で連絡を取り合い7人掛かりでようやくヒグマを“山出し”(山中で仕留めた大きな獲物を運搬可能な状態にし、山から麓へ搬出する作業)することができた。
“山出し”を終えたところで、中標津の猟友会から赤石に連絡があった。
「高嶋さんを見つけたけど、亡くなっていた。鉄砲は2発撃っている。たぶん半矢(手負いの状態)になっていると思うが、明日、羆の捜索を手伝ってほしい」
「わかったぞ」と応じた赤石の胸の中で、先日高嶋と交わした会話が反芻されていた。

