「熱き心に」で会場は最高潮
大滝詠一はつねづね「プレスリーと小林旭のファン」と公言していたという。今の人に小林旭といってもリアルに感じないかもしれないが、映画スター、歌手として石原裕次郎、高倉健と並ぶ人気者だった。また彼は美空ひばりと結婚していた。仲人は山口組三代目組長の田岡一雄。大スター同士の結婚であるにもかかわらず、華燭の宴を取り持つ人が当時、日本最強の反社会的団体のトップだった。今では考えられないことである。ふたりの住居は世田谷区の上野毛にあった。そしてマイトガイの出身校は世田谷区立玉川中学校。なぜ、わたしが知っているかと言えば、後輩だから。わたしにとってマイトガイは大先輩だ。ただし、会ったことはもちろんない。
会場がもっとも盛り上がったのはマイトガイが「熱き心に」を(阿久悠作詞、大滝詠一作曲)歌唱した、その時だった。87歳の小林旭は客席に手を振りながら艶のある声で、熱唱はせず、突き放したように歌った。歌唱の際、他の出演アーティストは大滝詠一との交友についてひとことふたこと語るのだが、大スターはそんなことはしない。大スターにとって大滝詠一は作曲してくれた先生ではあるが、いわゆるファンのひとりにすぎない。感傷を感じてはいても、観客の前で話すほどのことはないと思ったのだろう。御大、小林旭は堂々と歌い、ステージを後にした。
マイトガイの艶っぽい歌声は真似しようがない。艶っぽくて、しかも湿り気のない声は大滝詠一の制作意図にぴったりだ。それは大滝詠一自身の声が艶っぽくて、湿り気がないそれだからだ。ふたりの声質は似通っている。
「シャウトしない」から大滝詠一は売れた
ムッシュかまやつが言ったことを思い出すと、チャップリンとウォルト・ディズニーの名曲は数多くのミュージシャンに影響を与えている。もちろん、大滝詠一はどちらの曲も聴いているに違いない。彼は岩手県江刺で生まれ、遠野、釜石で育った。都市ではなかった。しかし、青森県三沢市には米軍の基地がある。FEN(Far East Network=現AFN(American Forces Network))は鮮明に聞こえていた。アメリカン・ポップスだけでなく、チャップリン、ウォルト・ディズニーにも親しんでいたはずだ。
はっぴいえんどで大滝詠一とメンバーだった細野晴臣さんは「チャップリンの映画と音楽が好きだ」と公言している。2025年の6月、わたしは細野さんがチャップリンの「スマイル」を歌ったのを聴いた。YMOや松任谷由実のプロデューサーだった川添象郎さんのお別れ会で、細野さんは「この曲は川添さんがいちばん好きだった」と言った。アルファレコードの創立者、村井邦彦さんをはじめとする音楽業界の人たちが集まる席で、細野さんはギター一本だけで感情を交えず、素っ気なく歌った。大滝さんと同じ歌い方だ。「スマイル」はそういう歌い方をしたほうがかえって人の心を打つということをわかっていたのだろう。
歌はシャウトしたからといって人の心に届くわけではない。大滝詠一さんの曲の数々が人の心に届くのは抑制されているからだ。思えば、大滝さんにも一度、「スマイル」を歌ってもらいたかった。

