「夏のペーパーバック」から「君は天然色」へ
話はトリビュート公演に戻る。出演者は杉真理、ハンバート ハンバート、トータス松本(ウルフルズ)、伊藤銀次、渡辺満里奈、野宮真貴、藤井フミヤ、稲垣潤一、鈴木茂、吉田美奈子といった人たちだ。彼らが大滝詠一から提供された曲、あるいは彼が歌った曲をカバーした。
公演に来ていた主なファンたちは60代以上だった。それはそうだろう。代表作『A LONG VACATION』が発売されたのは1981年。45年前なのである。あの頃、スマホはなかった。インターネットもなかった。当時、音楽媒体として革命的と言われたCDが発売されたのだって1982年のことだ。
あの頃、音楽を聴こうとしたら、レコード、カセットテープ、ラジオ、テレビだけだったのである。会場に来ていたファンの大多数はおそらくLPレコードもしくはカセットテープの『A LONG VACATION』を買った人たちだったのではないか。60代、70代が中心となるのもやむを得ない。
公演のオープニングは「夏のペーパーバック」のインストゥルメンタルバージョンだった。2曲目は大滝詠一のアーカイブ歌唱による「君は天然色」。A LONG VACATION冒頭のヒット曲だ。会場は盛り上がった。しかし、総立ちにはならない。落ち着いた年齢の観客たちだから、立ち上がることはなかった。客席に座ったまま、それぞれの私的な思い出とともにおとなしく聴いていた。
大滝詠一作品の特徴とは
曲は続く。ハンバート ハンバートが「幸せな結末」、はっぴいえんどの曲「はいからはくち」、そして、「ウララカ」をカバーした。ハンバート ハンバートはNHKの朝ドラ「ばけばけ」主題歌「笑ったり転んだり」で知られる。だが、わたしはそれより前にハンバート ハンバートというバンド名に関心があった。ナボコフの小説『ロリータ』に出てくる中年の大学教授の名前だからだ。ハンバート ハンバートというバンド名が小説から取られたものとは知らない人のほうが多いのではないか。だいたい、『ロリータ』を読んでいる人に会ったことがない。わたし自身はかつて、何ページかを読んだにすぎない。
ハンバート ハンバートのふたりがカバーした「幸せな結末」には大滝詠一作品の特徴が表れていた。切ない気持ちになるバラードナンバーだ。暗い曲調ではないが、哀しみを感じる。しかし、湿度はない。乾いていて、メロディアスで、ドリーミーだ。それでいてどこかとぼけた感じがする。
「幸せな結末」だけではない。「君は天然色」「恋するカレン」(藤井フミヤ歌唱)、「スピーチ・バルーン(マンガの吹き出しの意=筆者注)」(伊藤銀次)、「うれしい予感」(渡辺満里奈)、「バチェラー・ガール」(稲垣潤一)、「夢で逢えたら」(吉田美奈子)……。どの曲も切ない気持ちになる。同時代にカセットテープで聴いていた人たちは客席で切なさをかみしめていた。

