「くつろぎの時間」で新幹線に挑む
大阪―名古屋間では、所要時間で新幹線に敵わない。その現実を正面から受け止めたうえで、近鉄はその差を「くつろぎの時間」という価値で補うという選択をします。
速さではなく、過ごし方で勝負する。移動そのものを、旅の価値に変えてしまう。この発想はやがて、「アーバンライナー」「しまかぜ」「ひのとり」へと受け継がれていきました。
近鉄は、新幹線を媒介に全国から人を呼び込み、その流れを沿線の観光地へと導く、広域ネットワークを武器にした鉄道へと進化していったのです。
私が近鉄に入社した頃も、この関西私鉄・戦国時代の熱気は、まだ色濃く残っていました。スピード、快適性、沿線施設、PR戦略。各社があらゆる面でしのぎを削っています。
鉄道各社の競争は、単なる会社同士の争いではなく、私鉄沿線ごとに異なる文化や価値観を形づくる原動力となっていました。言い換えれば、関西のまちの個性そのものが、私鉄同士の競争の中から生まれてきたのです。
最大のライバルJR西日本の台頭
関西私鉄の戦いの様相は、やがて大きく変わっていきます。きっかけは明確で、国鉄改革によって誕生したJR西日本が、私鉄各社にとっての共通の強敵として、本格的に台頭してきたのです。
JR西日本は、長年にわたり国鉄が築いてきた莫大な資産と、関西一円を覆う巨大な路線ネットワークを、そのまま引き継ぎました。幹線輸送、都市間輸送、通勤輸送。あらゆる分野で“基礎体力”が違う存在が、突如として目の前に現れたと言っていいでしょう。
運賃制度、設備投資力、ブランド力。競合区間において、JR西日本は次第に強い存在感を示すようになりました。
それまでの関西私鉄の戦国時代は、互いを強く意識しながら、「どこで勝つか」「どう差別化するか」を競い合う時代でした。各社は自社の“らしさ”を武器に、正面からぶつかってきたのですが、巨大なJR西日本の台頭は、その前提を大きく揺さぶります。
競争相手は、もはや隣の私鉄だけではない。関西全体を一気に覆う巨大なネットワークと、どう向き合うのか。その問いが、私鉄各社の経営判断に重くのしかかってきたのです。

